話中
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なんでって?
M君と会った理由は、会いたいって言われたから。 Y美の幼馴染で、悪い人じゃないと思ったから。 楽しく遊べる友達が欲しいと思ったから。
頭の中に幾つ物理由があっても、父が隣に居る状況で話せる事ではありませんでした。
「いやあの・・・」
なんとか言葉を選んで説明しようとした時、一階から母がお風呂から出てくるような音が聞こえてきました。 母が上がってくる前に電話を切らなければと、焦りました。
「ごめん。今、話せない。電話切らないと。ごめんね。」
電話の向こうでM君が「え?」と言ってるのにも関わらず、一方的に「ごめん、ほんとごめん」と言って電話を切ってしまいました。 受話器を置いてから、ちらっと父の方を見ましたが、何も言いませんでした。 慌ててそのまま部屋にそっと戻るとすぐに、母が上がってくる音がしました。
部屋に戻ると、私は考え始めました。 M君は、私ともう付き合ってると思っているのだろうか? 「紹介」で会って、その場で断らないと、イコール付き合うということになるのだろうか? 付き合う気がなかったら、会ってはいけなかったのだろうか? そう考えると、友達にでもなれたらという軽い気持ちで会った事を申し訳無く思いました。 すぐにでも電話をして、ちゃんと謝るべきなのかもしれないと感じました。 でも、K先輩の事があったのに、何も言わずに電話を取り次いでくれた父に申し訳なくて、今から外に行くことなど出来ないと思いました。
申し訳無いと思うのと同時に。 その半面で私は、M君を嫌になっていました。 強引過ぎるその物言いに、私は拒否反応を起こしていました。 悪い人では無いのは分かっているし、親切な所もあるのも分かっているけれど。 確かにK先輩も乱暴な物の言い方をする人だったけど、M君のように私に向って言ったりはしなかったし。 「オレオレ」なんて事は一度も言わなかった。 家の事情も、理解してくれてた。
気付くと私は、またK先輩と比べてしまっていました。
翌日。 学校でY美と話をしました。
「昨日さ、M君から電話もらったんだけど。うち、親がうるさいから、やっぱ話せなくてさ」
私がそう切り出すと、Y美は
「あ?電話したんだ?一応、親がうるさいらしいよとは言っておいたんだけどね」
とカラっとした口調で言いました。 それを聞いて、まだM君はY美に何も言ってないんだと感じました。
「そうなんだ?有難うね。」
私は、Y美がちゃんと気を利かせて親の事を言ってくれた事に対して、お礼を言いました。
「いいんだけど。そっか。なんか親に言われた?」
Y美は心配してくれたようでした。
「いや、言われては無いけど、お父さんがもう寝てる時間でさ。上手く話せなくて怒らせちゃったみたいでさ。」
本当は「あの時間に電話されては困る」と伝えてと言いたかったのに、ハッキリいう事が出来ませんでした。
「あいつ、怒ったの?」
私は、昨夜のことをどこまでY美に話すべきか迷っていました。
「怒ったっていうか・・・口調が怖かったような気がしたんだけど・・・」
何かを話せば、なんだかM君の悪口になりそうで、私が言葉を選んでいると
「あ〜、あいつ、ああいう口調なんだよ。気にしなくていいんじゃない?」
と軽くY美に言われました。 でも、あれがM君独特の口調だけの問題じゃ無い事は、私が一番分かっていたことです。
「そうなのかもしれないけど・・・誘ってもらっても、私、バイト入っちゃってて」
「あ、もしかして今週末誘われたの?」
「うん。そう」
「そういう事ね。あいつの仲間って週末になると集まるんだけどさ。みんな彼女連れで、いっつもオレだけ一人だって言ってたから、それでじゃない?」
「そうなんだ・・・けど今月は無理だからって言ったら怒らしちゃったみたいでさ・・・」
「ああ、気にしなくて良いよ。あいつ、結構、亞乃のこと気に入ってたみたいだからさ。紹介したかっただけでしょ?」
Y美は「子供みたいにスネただけでしょ」と明るく笑いましたが、私にはそうは思えませんでした。 例えそうだとしても、そんな事でスネてああいう物の言い方をする人は、好きになれませんでした。 結局私は、ハッキリと断る事も出来ず、
「ま、勘弁してやってよ。懲りずに電話してやって」
とY美に宥められてしまい、モヤモヤした気持ちのままでした。
その日のバイトの帰り道。 M君に電話をすべきかどうか迷っていました。 バイト先の友達に昨夜のこととY美との会話を話すと、 「その友達には申し訳無いけど、やめなよ。そんな男」と言われました。 明日、Y美にハッキリ断ればいいよとも言われました。 でも私は悩みました。 Y美になんて言えばいいんだろう? それにM君とあのままにしてしまうのは、すごい失礼な気がしていました。 M君に失礼な事をすれば、間に入ったY美を困らせる事になるし。 正直、物凄く憂鬱でした。 でも、私は電話をする決心をしました。
プープープー・・・
話中でした。 少し待ってみようと思い受話器を置き、私は困りました。 この待つ時間の間に、K先輩に電話しようとか無意識に思う自分が居たからです。 少し前まで、アルバイトの帰りのこの時間。この公衆電話は、私にとってK先輩の為にありました。 その習慣が、まだ自分の中に残っていることに戸惑いを感じました。
仕方なく、私はボックスから出て近所をグルっと一周しました。 5分後。 まだ、M君は話中でした。 もう一度、外に出て、それでダメだったら止めようと思いました。 また一周して戻ると、その公衆電話には他の人が居ました。 仕方なく、私は別のボックスでは無い離れた公衆電話に行き、再度M君に電話をかけました。 まだ、話中でした。
私は受話器を置くとジャラジャラと戻ってきた小銭をゆっくり一枚一枚取り出し、また掛け直すという作業をそれから3回ぐらい繰り返しました。 M君が相変わらず話中で繋がらす、掛け直すたびに。 私は目をつぶっても掛けられるぐらいに覚えてしまったK先輩の番号を押そうとする誘惑と戦っていました。
そして、誘惑に負けました。
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