プレゼント
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帰りのバスで、擦れ違ったバスにK先輩に似た姿を見たような気がしました。 もう少し待っていれば良かったかもしれない。 そう思いましたが、引き返す気力はありませんでした。 セーターを入れた箱は、紙袋に入れて、その上に「K先輩へ」と手紙を見えるように置いておきました。 でも・・・
もしも、今日、K先輩が家に帰らなかったらどうしよう? ポストの下なんかに置いてきて、誰かに持ってかれたらどうしよう? それに、先輩が帰ってきたとしても、気付かなかったら? 気付いても、不審に思って中を見てもらえなかったら? 家の人を呼んで大騒ぎになったりしてたら?
そして、少しずつ不安が大きくなっていきました。
手編みのセーターなんて、K先輩は驚くだろうか? 手編みのセーターは、K先輩には重すぎないだろうか? 彼女でもないのに、そんなものを上げて良かったのだろうか? 捨てる事も出来ずに、困らせたりするんじゃないだろうか? 物凄い迷惑なんじゃないだろうか? しかも、家にまで持って来て。 黙って置いて行くなんて、余計に暗い子と思われるんじゃないだろうか? 怖がられてしまうかもしれない。
バスを乗り継いで自分の家の側に着く頃には、私はもうK先輩に嫌われるに違いない。 そう思い込むほどになっていました。
どうせ嫌われるなら、先輩の反応を知りたい。 すぐに、私は開き直るクセがありました。 なにより、プレゼントを先輩が見つけてくれるかどうかも、かなり心配でした。 でも、さっき見たのがK先輩だという保証はありません。 まだ、帰って来てない可能性もあります。 だけど、これが最後だ・・・。居なかったら居なかったで、もう、どうにでなれ。 と自分に言い聞かせて、私はいつもK先輩に電話する公衆電話に入りました。
電話に出たのは、また、お母様でした。 一晩に3回も電話をしてしまって、本当に恥ずかしく申し訳無く思いました。 私が、K先輩の名前を言う前に、お母様は
「さっき帰ってきんだけど、今、お風呂入っちゃったのよ」
と言いました。 折り返すと言われましたが、私は後で掛け直しますと答えました。 時刻は21時少し前。 私はこれ以上帰宅が遅くなれば、両親が心配して探し出すだろうと思い、一度家に帰ることにしました。
家に帰ってからの母の怒りようは、大変なものでした。 とにかく、謝る事でその場を切り抜け、私は自分の部屋に入りました。 さて。どうしよう? 私は、母親に怒られている最中も、どうやってK先輩に電話しようか?ばかり考えてしました。 以前の家でも、夜に抜け出して電話をしたことがあります。 でも、今度の家では、両親の寝室も同じ2階にあって、階段を下りるにはその寝室の前を通らなければなりません。 ともかく、両親が寝るのを待とう。 私は一度、お風呂に入ることにして、その帰りに玄関から靴をそっと持って部屋に戻りました。 それから、私は部屋のドアを少し開けたままにして、両親の部屋から明かりが消えるのを待ちました。
時刻は22時。 10分ほど前に、両親の部屋の明かりは消えました。 電話をするには、その年代では非常識だと言われてしまうような時間でした。 でも、どうしても、私はK先輩に電話をしたかったのです。 部屋で靴を履くと、窓を開けました。 私の部屋は玄関の真上にあり、柵だけの窓から玄関の屋根に降りました。 思ったより段差があり、体重を掛けた柵が、一瞬ギギっと音を立てました。 そして、乗った玄関の屋根もボコボコいいました。 私は、その屋根の上で、ジッと母親が来ないか耳を澄ませました。 次に、隣の部屋から、自分の身長ほどの差があるベランダの柵を乗り越えました。 普段、使って無い筋肉を使って、足と腕の筋が痛くなりました。 ベランダでまた、家の中の音に耳をしばらく傾け。 ベランダを乗り越えて駐車場の屋根に降りました。 屋根の上には、父の趣味の植木があり、そこから急な階段で庭に降り、門扉のキィ〜という音に細心の注意を払ってやっと。 私は外に出ると、物凄い駆け足で公衆電話に向いました。
息を整えてK先輩の家に電話をすると、K先輩自身が電話に出ました。
「俺、今日、バイトで遅くてさ。ごめんな」
開口一番、K先輩は言いました。 思わず私は、
「え?今日もバイトだったんですか?」
と聞き返してしまいました。 予定をある程度聞いていたので、バイトが無いというこの日に家に訪ねたつもりだったからです。
「急に店長に入ってくれって言われてさ」
とK先輩は言いました。 私は、
「あぁ・・疲れてるのに、ほんと、すみません」
と謝りました。 何度も電話をしたことも。置いていってしまった事も。全部が申し訳無いと思っていました。
そして、K先輩は思い出したように言いました。
「あ、そうそう。セーターありがとな」
そう言われた瞬間、心臓がドキンとしました。 私は、ちゃんと先輩が気付いてくれたことに、少し安心し、でも、それとは反対に「ああ、見ちゃったんだ・・・」となぜか気付いて欲しくないと思っていた自分もいました。
「すみません・・・変なもので・・・」
私は、手編みのセーターを激しく後悔していました。 でも、K先輩は意外にも、
「いや、いい色じゃん。結構気に入ったよ?」
と言ってくれました。
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