無視の理由
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K先輩からの電話でした。 心臓がドクンと大きな音をたてたような感覚がしました。
「Kと申しますが、亞乃さんいらっしゃいますか」
と言われましたが、あまりにも無防備に電話をとってしまい、一瞬、声が出ませんでした。 次に「もしもし?」と再度K先輩の声がして、やっと出た言葉は
「先輩?どうしたんですか?」
でした。 今朝、思い切り私を無視した人が、なんで電話を掛けてきたのだろう? 正直、本当にそう思って出た言葉でした。
「おーっ なんだよ。緊張したーっ」
と、出たのが私本人だと分かるとK先輩は言いました。 以前、K先輩が電話をくれたとき。 母があまりにも無愛想な対応をしたので、 「お前んとこの母ちゃん、怖いんだよな」 と言われ、それ以来、私から一方的に電話をするばかりになっていました。 だから、私に電話をする時は、相当の覚悟が居ると笑って言われた事があります。
その相当の覚悟をしてまで、なんで電話をしてきたのだろう?と疑問に思いつつ、
「すみません」
と反射的に謝りました。 言いながら私の頭に一瞬のうちに電話をしてきた理由が駆け巡りました。 きっと、アルバムの返却方法をどうするかって事だろうと思いました。 私を嫌いになったとしても学校のアルバムを私に貸しっぱなしに出来るわけないし。
K先輩が言いました。
「いや、あのさ。今朝、俺の事待ってた?」
あまりにも、空々しい質問だと思いました。 K先輩以外の誰をあんな重いアルバムを持って待つって言うんだろう? 少し、イラっとしながら私は
「突然、すみませんでした」
と返事を返しました。 言いながら、「俺のこと待ってると思わなくってさ」とでも言うつもりだろうか? と考えました。
「いや、やっぱりそうだよなぁ」
とK先輩は、言いました。 その言葉がズシンと心にきました。 私の存在が分かっていながら、自分を待っていたのかもと思っていながら。 やぱっりK先輩は私を無視してったんだ・・・ 待っていると例えその時思わなくても、無視した理由にはならない。 そう思いました。
「アルバム、早く返さないとって思ったんで。ほんとすみません」
私はまた謝りました。 K先輩に嫌がられたのは決定だと思いました。 待ち伏せなんてしなきゃ良かったと、更に物凄い後悔をしました。 そして、次にK先輩の口から出る言葉を覚悟をしました。
K先輩は言いました。
「俺、今朝、機嫌悪くてさ。ほんと、ごめんな」
意外にも、K先輩は謝ってくれました。 機嫌が悪かったのは、表情でよく分かってました。 でも、それを余計に不機嫌にしたのは、私だと思っているので少々戸惑いました。
「一瞬、お前と目が合ったじゃん?」
とK先輩に聞かれ、「はい」と答えました。 そんな事、再確認しなくても・・・と思いました。
「俺、すごい頭してただろ?」
更に、思いも寄らない事を聞かれました。
「え?気付きませんでした・・・」
と答えながらも私は、そういえばそうだった気がする・・・と目が合った瞬間のことを思い出しました。
「今朝寝坊しちまってさー。 なんか、バツが悪くて思わずそのままトイレ入っちゃったんだよな。 で、出てきたらもう、お前居なかったじゃん?」
この言葉を聞いて、私は
「すみません。ホームに降りちゃいました」
と答えながら、友達の「トイレ行きたくてしょうがなかったんじゃない?」という言葉を思い出して、笑いが込み上げてきました。
なんだ。そんな事だったんだ? 寝癖が恥ずかしかったってことなの?
一気に気分が軽くなっていきました。
「お前居ないからさー、俺、ヤッベーとか思ってさ。 今日一日、ずっと気になってたんだよ。」
K先輩が一日中、気に掛けてくれてたなんて。 物凄い嬉しいと思いました。 さっきまでの落ち込みが嘘のようでした。 そして、思わず口から
「良かったぁ〜」
と本音が出てしまいました。 K先輩は、
「ほんと、ごめんな」
と繰返し何度も謝ってくれました。 その時、ブーっという公衆電話の切れる前の音がして初めて、私は先輩が外から電話をくれている事に気付きました。
「あ、先輩。外なんですか?」
と聞くと
「バンドの練習行く途中なんだ。」
と言うので
「わざわざ、すみません。ほんと、有難う御座います」
とお礼を言うと
「いやさ。俺、今晩遅くなるし。その前に掛けないとと思ってさ」
と言われ、K先輩は、本当に私の事を気にしてくれていたのだと、しみじみ感じました。 そして「ちょい待ってて」と言われ、なにやらゴソゴソ音がしたと思うと、
「ごめん、もうすぐ電話切れる。小銭ねーや。ごめんな。」
とK先輩は本当に申し訳なさそうに言ってくれました。
「いえ。もう、ほんと。電話もらえて嬉しかったです。」
と私は素直に気持ちを伝え、「練習頑張って下さいね」と言って電話を切りました。
まだ、携帯電話が無い頃の話です。 「外から電話を掛けてくる」ということには、「(公衆電話から)わざわざ」という言葉がつきました。 いつでも簡単に携帯で話せる今よりもっと、喜びが感じられた気がします。
電話を切った後、しばしボー然としていました。 さっきまでの落ち込みは何だったんだろう?という感じでした。 思わず、「もし小銭があったら、もっと私と話していてくれたんだろうか?」 などと考える、やっぱりまだ期待をしてしまう自分が居ました。 そして、そう言えばアルバムを返す話をし忘れていたということに気付きました。 また、電話できるんだ。 それが嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。
クリスマスまで、後一ヶ月ちょっとの頃でした。
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