呼び捨て
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10月に入って間もなく、K先輩から電話がありました。
「文化祭でバンドやるから、観に来てよ」
とお誘いを受けました。 私が何度も電話をしては留守だったことで、すっかり落ち込み、嫌われているかもしれないと被害妄想に陥っていた事などK先輩は知る由も無く。
「何回か電話くれたんだって?」
と普通に言われ、「練習で遅い日が多いんだ」と教えてくれました。 K先輩が居なかった理由が、文化祭の準備によるものと知り、しかもその文化祭に呼んでくれるなんて、私には飛び上がりたくなるほど嬉しい事でした。
K先輩の学校の文化祭は、その週の週末でした。 電話をもらった翌日、早速私は9月分のバイト代を手に洋服を買いに行きました。 登下校を一緒にするようになったMちゃんと共に、地元の駅前のデパートに行きました。 売り場に行くと、エスカレーターを降りたところで、高校の指導員である女の先生に捕まりました。 私の高校は、学校帰りの制服での立ち寄りを禁止していました。 どこかに立ち寄る際には、親に生徒手帳に内容を記入してもらい、担任に許可の印を貰う必要がありました。 教師の見回りは、学校周辺だけではなく、生徒が利用する繁華街がありそうな、学校から数駅離れた場所にでまで及んでいました。 当然、親の許可など私が貰っているハズありません。 私は咄嗟に「親に頼まれて・・・」と嘘を付きました。 私もMちゃんも、目立った校則違反も無く、職員室とは無縁の生徒だった為、 「ちゃんと許可を貰うか、一度家に帰りなさい」 といわれただけで済みました。
仕方なく、一旦帰るフリをし、エスカレーターを降りました。 そして、階段からまた同じフロアに上がり直し、教師の姿がエスカレーターで降りていくのを確認してから洋服選びを開始しました。 白のブラウスに、黒のスカート。モコモコした手編み風のカーディガンだったと思います。 スカートは、その頃とても痩せていた私には少々大きく、家に帰ってから手縫いで直しました。
文化祭当日は雨が降っていて、その格好では肌寒い日でした。 でも、一緒に行ったRは私の服装を「かわいい」と誉めてくれました。 K先輩の高校までは、いつも私が通学する倍以上の時間がかかりました。 電車も違い、いつもこの電車に先輩が乗ってるんだ・・・と思うだけで、ドキドキしました。 無口になっている私に、Rは笑いながら
「緊張してるでしょう?」
と言いました。
「うん。かなり。っていうか、どうして私を誘ってくれたんだか、疑問なんだよね」
と私が答えると
「文化祭に誘ってくれるっていう事は、K先輩は高校に彼女が居ない証拠じゃん?」
とRに励まされました。 そういう事なのかな?と嬉しくなる反面、ますます緊張感が増しました。 K先輩は、周りの友達に私の事を何て説明するんだろう? そんな余計な事まで考えていました。
K先輩の高校までは、駅から長い坂がありました。 部活をやめて体力が落ちた為に、上り坂に息切れをしたのか、ドキドキしすぎていたのか、校門に付いた時にはヘトヘトでした。 校舎の中から、生徒の騒ぐ声が響いていました。 ここに毎日K先輩が通ってるんだ。この廊下を歩いてるんだ。 何をするにも、いちいち「K先輩が・・・」と思い、ドキドキしました。 学校なんて、どこもそう変らないのに、下駄箱も廊下も、まるで初めて見るような気分でした。
K先輩に言われた通り、体育館を探してウロウロしていると、廊下の先から見覚えのある歩き方でK先輩がやってきました。
「おお、良かった。待ってたよ。」
K先輩が笑顔で私達に向かって言いました。 先輩は、私が来るのをウロウロして待っていてくれたそうです。 私は、K先輩にRを紹介しました。
「この間、亞乃の店で会ったよね。遠かったでしょ」
とK先輩がRに言いました。 そして、プログラムを渡すと、
「じゃぁ、俺、準備があるから。適当なとこ座ってて」
と言い残し、体育館の中に消えていきました。 私は、今聞いた言葉に、耳を疑いボー然としたまま、Rに聞きました。
「今さぁ・・・・亞乃って言われてた?」
Rも、少し驚いたような顔をしながら
「うん。言ってた。。。」
と言い、次の瞬間、我に返ったように
「や〜んっ 良かったじゃ〜ん。呼び捨てだよ〜」
とRは自分の事のようにはしゃぎ出しました。 私もそれにつられたように我に返り、二人で手を取り合ってその場でピョンピョン跳ねるようにして喜んでしまいました。 ハッと気付くと、回りは当然知らない人たちばかりです。 二人で「はずかしー」と言いながら、体育館の中ほどの席に座りました。
K先輩達の演奏は3番目で、その間、舞台の横からK先輩は、何度か出てきてはウロウロしていました。 その落ち着きの無い動きが可笑しくて、声を潜めてRと笑っていました。 そして、K先輩達の出番になりました。 先輩は、緊張しているのか怖い表情をしていました。
演奏が始まると、先輩の叩くドラムの音が物凄く大きくてビックリしました。 ライブハウスなどにも行った事が無く、そんな大音量を耳にするのは初めてでした。 勿論、ドラムを叩く先輩を見るのも初めてでした。 ボーカルの人は、正直カッコ良いとは言えず、その歌声も、上手いとは思えませんでした。 なにより、ボーカルの声よりも、先輩のドラムの音の方が大きく響いていました。
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