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人物紹介


タバコ
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引っ越してから、仕事が忙しくなったのでしょう。
両親の帰りが遅い日が多くなって行きました。
それに、前の家とは違い、両親の寝室が2階になったため、母親がお風呂に入っている時などに、こっそり居間から電話をする事が出来るようになりました。

9月始めの朝デート以来、余計にK先輩の声が聞きたいと思う日が多くなり、一週間に一度の割合で、電話を掛けました。
両親の留守の時に掛けた電話では、K先輩は留守でした。
次の週に母親がお風呂に入っている時に電話をすると、帰宅したばかりで夕飯を食べる所だと言われ、すぐに切りました。
K先輩は、折り返すと言ってくれたのですが、親がうるさいので断りました。
また次の週には、両親が一泊の旅行に行き、一人の夜がありました。
夜21時過ぎ。当時の私にとっては遅いと思える時間に電話をしましたが、K先輩は留守でした。
翌日の両親が帰ってくる日も、両親の帰宅は夜中になると知っていたので電話をしました。
やはり、その日もK先輩の母親に「まだ、帰って来てないよ」と言われました。

そんな事が続き、毎回電話に出るK先輩の母親に、変に思われているかもしれないと、嫌な気分になっていきました。
留守の間に、きっと私が電話をした事はK先輩も知っているだろうし。
しつこい女を思われてしまうのではないか?と不安になりました。
なんだか、K先輩に嫌われてしまったような、物凄い自己嫌悪感でした。

いつ両親が帰って来てもいいように、私は居間の電気も点けず、ドアを開けた玄関の明かりの中で電話をしていました。
言い様の無い虚しさに似た気分の中、私の目は父親のタバコに止まりました。

小学校4年生の時。
近所の女の子とタバコを拾い、いたずらに隠れて火を点けた事がありました。
その時は、勿論すい方など知らず、ただ点けて口にくわえただけでした。
私は、タバコを吸う女性に嫌悪感を持っていました。
親戚の叔母でタバコを吸う人もいましたが、好きではありませんでした。
幼稚園の頃の記憶に、産みの母親がタバコを吸っていたのも原因だったのかもしれません。
私の両親は再婚で、小さい私にとっては産みの母親に会う事が、今の母に対する裏切り行為だと感じていたのです。
母は、産みの母親に会う事を悲しんでいたように小さいながら感じていました。
だから産みの母親を嫌いだと思う事が今の母の為になると思っていました。
その女性がタバコを吸っていた事で、あんな女にはなりたくないと思ったのだと思います。

私は父のタバコに火を点けました。
息を吸い、口の中に居れても、すぐに煙は出て行きました。
普段見ているタバコを吸う人たちのように、フーっと吐き出すようになりません。
一体、どうしたらああいう風に煙が出るんだろう?
不思議に思ったまま、その日はタバコを消しました。

翌日、友達で既にタバコを吸っていた子に聞いてみると、

「肺まで入れないと」

と言われました。

その数日後。
あれ以来、K先輩と連絡は取らずに過ごしました。
また、両親の帰りが遅い日に、再度タバコに火をつけ「肺まで入れる」という事を意識してみました。
でも、やっぱり口で煙は止まってしまいます。
と、何度か繰り返していると、いきなりヒュッと喉に煙が通っていく感覚がしました。
驚いて途端に息を止め、ゆっくりと吐き出すと、煙もゆっくり出てきました。
ドラマで観ていたような、咳き込むといった事は全く無く。
ただ、頭がクラクラしただけで、それ以降、自然にタバコが吸えるようになっていました。
友達の中で、やはりタバコを始める子も居ましたが、殆どの子が口の中だけで吐き出している格好だけの子でした。
吸えることが分かっても、私は自分でしばらくはタバコを買う事はせず、父親のタバコをたまに吸ってみる程度でした。

タバコをたまに吸うようになり、私はK先輩の知らない自分になったのだ思いました。
私がタバコを吸うと知ったら、K先輩は何て思うだろう?
いつまでも、あの中学生の私じゃない。
そう、K先輩に教えたいような気持ちがありました。


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「恋愛履歴」 亞乃 [MAIL]

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