ジュース
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8月の半ば頃、両親から突然引っ越すと言われました。 引越し先は同じ市内でしたが、もうK先輩と同じバスに乗る事は無くなります。 K先輩との思い出がある地元を離れる事は、私にとって寂しいものでした。 ただ、唯一の救いは。 通学に利用する駅が、K先輩と同じA駅になったという事でした。
いよいよ次の日曜日に引越しという8月の終わり頃。 突然、K先輩から電話がありました。
「日曜日、暇?」
というお誘いでした。 私が
「実は、日曜日に引っ越すんです」
と返事をすると、K先輩は驚いて場所などを聞いてくれました。 でも、同じ市内で同じ駅を利用する事を話すと、
「じゃぁ、A駅で会えるじゃん」
と言ってくれました。 引越し準備で親が側に居た事も有り、それだけで早々に電話を切ってしまい、何のお誘いだったのかは聞きませんでした。 花火がお誘いだとしたら、これで二度目です。 タイミングの悪さを何だか呪いたい気分になり、落ち込みました。
引っ越してすぐに新学期が始まりました。 利用駅が変わったことで、私は引越し先の近所に住む、クラスメイトのMちゃんと登校するようになりました。 Rとは、今までRと利用していた駅がA駅の次だったので、車両を決めて電車内で待ち合わせをするようになりました。
9月の中頃。 両親の帰りが遅かった日に、引っ越して初めてK先輩に電話をすると、 「明日の朝、早く来れる?」 と言われ、A駅で待ち合わせする事になりました。 二回目の朝デートです。 翌朝、会える嬉しさで、かなり早くから目が覚めた私は、待ち合わせより大分早く駅に着きました。 K先輩も、時間より少し早く来てくれて
「この間は、ミスドだったよな。」
と言い、別の駅前のファーストフード店に入りました。 前の時の事を覚えてくれてたんだ・・・ それだけで、私は物凄く嬉しくなりました。 そして、前を歩くK先輩のその肩には、やっぱり私が上げた巾着がありました。
店に入って注文をする時になると、K先輩は私の方を振り向き、
「飲み物って、グレープフルーツだったっけ?」
と聞きました。 以前、朝待ち合わせした時に、私が飲んだ物まで覚えていてくれたのです。 私は嬉しくてうれしくて、とても幸せな気分でした。 でも、その店にはグレープフルーツは無く、「どうする?」聞かれました。 嬉しさの余り、多分、私はボーっとしてしまっていたのでしょう。 次の瞬間、K先輩の手が私の背中に回って軽く押され、一歩下がった所に居た私は、K先輩の隣に並んでいました。 その距離が、あまりにも近くて、メニューを覗き込むと先輩の身体に頭がくっつくぐらいでした。
あまりの近さに一気に緊張感が高まりました。 このままで居たい。 一瞬の間に、そんな事も考えました。このまま、K先輩に触れたい。 でも、それよりも緊張感に耐えられず、咄嗟に私はK先輩から離れるようにまた一歩下がり、上のメニューを見るフリをして、
「あ、じゃぁオレンジジュースで」
と答えました。
実は私はグレープフルーツに拘っていた訳でもなく、無ければ何でも良かったのです。 というより、その頃の私は、学校でも何かとオレンジを飲んでいたので、店に入る前からオーダーは決まっていたような気がします。 でも、K先輩と居るとそれだけで緊張し、普段の言動を出せなくなる状態でした。 私はかなり緊張し心拍数が上がったせいか、自然と頭に血が上ってしまったらしく。 注文を終えて振り向いたK先輩に
「なに、赤くなってんの?」
と聞かれてしまいました。 私は恥ずかしさもあり、咄嗟にムキになって「そんな事ないですよっ」と言い返しました。 すると、K先輩は人差し指を口に当てて、
「しっ 恥ずかしいだろ」
と言いました。 私の声は、少し大きくなっていたようで、店内に響いてしまったのです。 私は、ますます恥ずかしさが倍増し俯いたまま席に着きました。 K先輩にまで恥ずかしい思いをさせてしまったんだと思うと、顔を上げられなくなりました。 すると、頭に何かが当たり、顔をあげると
「今度は、なに落ち込んでんだよ」
と言われ、K先輩が私を叩いたストローを振りながら笑っていました。
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