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人物紹介


二人きり
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もう、初夏と言っても良い季節でしたが、K先輩の家の玄関に立った私の手は冷たくなるほどに汗をかいていました。
一瞬、このままやっぱり帰ろうか?という考えが頭をかすめましたが。
そこで迷っていたのは、大した時間じゃなかったと思います。
でも私は、あまり長時間そこに立っている事を、近所の誰かに見られる方が良くない事だと思い、呼び鈴を押しました。

奥の方から「はい」という低い声が聞こえ、出てきたのはK先輩でした。
笑顔を作り、平静を装ったつもりの私の顔は、きっと引きつっていた事でしょう。
そして、心なしか。K先輩の表情も、なんだか緊張気味に見え、まるで告白された時のような顔だな・・・と思いました。
勿論、当時、あの中学2年の頃の私にK先輩の顔を見る余裕などなく、覚えてるはずも無いのに、何故かそう思いました。

「お邪魔します」
そう言って、玄関を上がり、K先輩の後ろについて二階に上がりました。
その時に、「いいからっ」という感じの事を言われました。
今でも、おぼろげに玄関の記憶と、その階段が暗かった記憶はあります。
階段を上がり、廊下を歩いた突き当たりに、確かK先輩の部屋はありました。
広さは、記憶が曖昧で。ただ、タンスとかがあって、あまり広くは無かったと思います。

人の家に遊びに行くという事が、それまでの私には数え切れるぐらいしかなく。
まして、好きな相手の家にというのは、初めての事でした。
私は、あまり人様の家をじろじろ見てはいけないという感覚があり、余計にK先輩の部屋の模様を覚えていません。
というより、その部屋での出来事を、殆ど覚えていないのです。

確か、座ってと勧められたテーブルの前に腰を下ろしました。
K先輩に、「ジュースでいい?」と聞かれ、しばらく一人になりましたが、その間も私はせっかく入れたK先輩の部屋を、何も見なかった・・・
それから、何を一体話したのか。
多分、停学になった経緯も聞いたでしょう。私がバイトを始めた事も話したハズです。
ジュースと一緒に出してくれたお菓子を、食べれば?と言われ、だけど食べる事は出来なかったことは覚えています。
おかしな話かもしれませんが、異性の前で物を食べるという事に、慣れていなかったというか、恥ずかしいと思っていました。
それは多分。単なる同級生、男友達の前でもそうだったと思います。

途中、私は
「お家の人は居ないんですか?」
そう、聞いたと思います。K先輩の答えは「居ない」という一言で。
その響きがかなりぶっきらぼうで、不機嫌そうな声に感じました。
それを聞き、私は緊張が和らぐような思いと、逆の意味で更に緊張し、心臓の音が大きくなるような感覚がしました。

前夜、私は想像していました。
女である私を家に招いた時に、K先輩はお家の方になんて紹介するんだろう?
その頃の私にとって、お家に異性を一人だけ招き入れるということは、物凄い事だと思っていたのです。
それは、恋人以外に有り得ない事だと。
だけど、それは私が子供なだけで、K先輩のように女友達が多い人は違うかもしれない。
そんな事を考えていました。

K先輩は、テーブルの向かいでは無く。私の横に座っていました。
だから、K先輩の顔を見た記憶が全くありません。
会話の間に沈黙があったのか。それとも、緊張のあまり逆に喋りつづけていたのか。
K先輩の手が私に触れたのか、何かの弾みなのか。
曖昧な記憶では、座った姿勢から、私は気付くと床に仰向けになっていました。
窓から差し込んでいた光が、何かに遮られていました。
そして、次に何が起きたのか。私は目を閉じたのかもしれません。
でも、それもきっと一瞬のことで。
次の瞬間には、私は起き上がる動作をしていました。

起き上がる私を、K先輩が横で見ている。そんな感じがありました。
そして、笑いながら私の頭をクシャクシャっとなでました。
そこへ

「ただいま〜」

という声が聞こえてきました。
すると、K先輩は「バス停まで送るよ」と言って、立ち上がり、さっさと部屋を出てしまいました。
私は、何が起きたのかを把握しないまま、把握していないから余計なのでしょう。
不思議な事に、すでに冷静になっていました。

階段を下りると、玄関を上がる妹さんが居ました。
「お邪魔しました」
という私を、来た時以上に、K先輩は「いいからっ」という強い口調で制して、そのまま慌てたように玄関を出ました。
玄関を出てから、「だって、妹さんでしょ?かわいいですねぇ」と半ばからかうようにK先輩に言うと、
「可愛くねーよ。いいんだよっ」
と怒ったような口調が返ってきました。

こんな、K先輩をからかう余裕が自分に有ったことが不思議ですが。
本当に私は落ち着いていました。
きっと、K先輩はお家の人に、女である私を呼んだ事を知られたくなかったのでしょう。
後で、妹さんがお母さんに「お兄ちゃん、女の人連れてきてた」って言いつけられる姿を想像し、私は笑ってしまいました。

K先輩の家が見えなくなった角を曲がると、また、K先輩は私の頭をクシャクシャっと撫で、さっきからかった逆襲のように、笑いながら言いました。

「これから、ジュンチャンって呼ぶから」

私には、その意味が全く理解できませんでした。
「なんですか?それ?」と聞いても、ただ笑うばかりで答えてくれません。
バス停に着き、すぐにバスが来るのが見えました。
するとまた、頭を撫で、

「ジュンチャン、気をつけてね」

と言うのです。
私はなんだか、とてもからかわれている感じがして、少しむくれ顔をしてみました。
そして、バスが目の前に来た時に、私はまた最後に聞きました。

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そのとき、初めてまともに見た先輩は、本当に楽しそうな、少し照れたような笑顔をしていました。
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「恋愛履歴」 亞乃 [MAIL]

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