卒業式
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先輩たちの受験が終わり、私たちのテストも終った2月の終わり頃。 バレンタインの日以来、初めて学校で下校するK先輩を見かけました。 そのK先輩の首には、白いマフラーが巻かれていたのです。
それは、私が土壇場ですっかり迷っていた事も忘れて渡してしまった、あの手編みのマフラーでした。 使ってくれた嬉しさと、あんなものを渡してしまった恥ずかしさとごちゃ混ぜな気持ちでした。
3月に入り、職員室の入り口で、K先輩とバッタリ会いました。 なんだか嬉しそうな顔をしているK先輩と、私は挨拶だけをして擦れ違いました。 職員室に入り、部活の顧問でありK先輩の担任でもある先生のところへ行きました。 先生は言いました。
「あいつなぁ〜、かなり心配だったんだけど、合格したよ」
K先輩は、無事高校に合格したようです。 K先輩が受けた高校は学区外で、つまりはあまり勉強が出来る方では無かったみたいです。 擦れ違った時の嬉しそうなK先輩の笑顔には、安堵と高校生活への楽しみが含まれていたのでしょう。 私にとっても、先輩の合格は嬉しいものでした。 と、同時に。 K先輩は新しい環境へ。私は中学に取り残される。 そんな感覚に襲われ、ものすごく寂しさが込み上げてきました。
その当時の卒業式の歌と言えば、「春なのに」。 この歌を聴くと、今でも胸が締め付けられるような想いが蘇ります。 きっと、私は卒業式でK先輩に「別れよう」って言われるんだろうなぁ・・・と漠然と考えていました。 でも、それはあくまでも少女漫画の世界の空想と同じような程度のもので、自分の事としての実感は少なかったように思います。 多分、別れを言われたとしても空想が現実になっただけのことで、どこか上の空で受け止めただろうと思います。
卒業式の日。 卒業証書を受け取るK先輩は、珍しく上履きはきちんと履いていたものの、寝癖の頭のままでした。 3年間、椅子で擦られてテカテカに光った学ランの後姿を見ながら、本当に卒業しちゃうんだなぁ・・・とぼんやり考えていました。 「仰げば尊し」を聞いた途端に、涙が込み上げてきました。
卒業式が終った後の廊下や、校庭では先輩たちと記念撮影する同級生が沢山居ました。 中には、憧れだった先輩に第二ボタンを貰いに走っていく友達も居ました。 先輩たちの中には、制服のボタンが全部無くなっている人も居ます。 私も、友達にせっつかれました。 「もう、K先輩のことだから、第二ボタン無いかもよ?」 などと憎まれ口を叩き、なかなかK先輩の教室へは行けませんでした。 K先輩に会うという事は、別れを言われるということだと思い込んでいたので、余計に怖かったのです。
グズグズしていると、K先輩の姿が中庭にあわられ、部活の下級生達に囲まれていました。 もう、行かなければ間に合わない。二度と会えないかもしれない。 私は急いで教室を出ました。 私が下駄箱に着いた頃には、K先輩はもう友達数人と校門を出るところでした。 私が駆け寄って行くと、他の先輩達は「先に行ってるわ」と気を効かしてくれました。 K先輩の前に立ち、私は一気に言いました。
「卒業、おめでとうございます。良かったら、ボタンいただけませんか?」
K先輩は、何故か
「俺のでいいの?」
と聞きながら、第二ボタンを制服から無造作に取りました。 その下の第三ボタンが何故かありませんでした。 私の視線に気付いたのでしょう。K先輩は言いました。
「いや、後輩が欲しいっていうからさ」
もしかしたら、私の為に第二ボタンは残しておいてくれたのかもしれません。 私は、すごく嬉しくなって、どうやってボタンを受け取ったのか覚えていません。 ボタンを受け取ると、私は
「有難う御座います。高校行っても、頑張ってください」
とだけ言いました。 本当は、そのままダッシュで立ち去りたい気持ちで一杯でしたが、私はK先輩の言葉を待ちました。 第二ボタンを取っておいてくれたにしても、次にK先輩の口から出てくる言葉は別れかもしれないのです。 怖いけれど、聞かなければいけない。 周りでは、他の同級生や先輩たちが騒いでいます。その声がものすごく遠くに聞こえました。 そして、K先輩が言いました。
「また、連絡するから」
私は、自分の耳を疑いました。 多分、驚いた顔をしてK先輩を見上げたと思います。 K先輩は、「じゃっ」と言って、そのまま友達のところへ走って帰って行きました。
K先輩の姿が見えなくなるまで見送ると、私はキャァ〜っと言いながら友達の所へ走っていきました。 「また」と言われた事が嬉しくて嬉しくて、終わりじゃ無い事が嬉しくて仕方ありませんでした。 A美も含め、友達数人が、私とK先輩のやり取りを背後から見ていました。 私が走り寄ると一斉に「どうだった?」と聞いてきました。
「また、連絡するって言われたぁ〜〜っ」
と報告した私に、皆、「良かったねぇ」と一緒に喜んでくれました。 そして、「ボタン見せて」と言われ、その時になって初めて私も貰ったボタンをまじまじと見ました。 そのボタンは、少し凹んでいて、思いのほか、軽いものでした。
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