文化祭
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K先輩の姿を見ると、逃げるように隠れていた私を
「なんで逃げるんだ?」
とK先輩が困っていたことA美を通じてを知り、それからは隠れたい衝動を抑えるように努力しました。 その2日後。廊下で一人で歩いてきたK先輩と会いました。 遠くから、K先輩の姿が見えた瞬間、私は、心臓が飛び出そうなほどドックンと鳴り、近づいてくるまでの間、息を止めるようにしてしました。 そのまま、会釈して通り過ぎようとするとK先輩に呼び止められました。
「俺のこと、避けてる?」
K先輩の声は相変わらず兄のように優しく、責める口調ではありませんでした。
「いえ・・・そんなこと、ありません」
避けているというよりも、恥ずかしくて逃げただけだったのですが。
「俺のこと、もしかして怖いとか?」
さらに、先輩は聞きました。 私は、K先輩をここまで不安にさせてしまった自分の行動に後悔しました。
「いえ。そんなことないです・・・すみませんでした。」
私の否定する言葉を聞いて、少し安心したようにK先輩は言いました。
「そっか。じゃぁさ、文化祭の時、俺のクラスビデオやるんだ。観に来てよ。」
間もなく、文化祭の季節でした。 K先輩のクラスはドラマをビデオで流すようでした。 私は、「はい。行きます」と返事をし、先輩がその場を立ち去った後、やはり駆け足で逃げるように教室に戻りました。 教室に戻ると、興奮状態で、当時仲の良かったクラスメイトに報告。 A美とは違う子達で、彼女達はいつも、私のK先輩と会った時の喜びや恥ずかしさを 「いいな〜」と言いながら優しく聞いてくれ、応援もしてくれました。 その中に、絵の上手な友達がいました。彼女は、K先輩の写真を持っていなかった私に、似顔絵を書いてくれました。 私はその絵を、生徒手帳に入れ、写真代わりにいつも眺めていました。
不思議な事に。 K先輩だけではなく、その後の恋愛においてもしばらくそうだったのですが、私は好きになった人の顔を、頭の中で思い出すことが出来なかったのです。 好きになればなるほど、顔を思い浮かべる事が出来なくなり、似ている人を見るだけで、ドキっとするような状態でした。 思い描けなくなるほどに、私はK先輩の顔を見ていなかったということなのでしょう。
文化祭当日。 私は、友達に御願いをして、一緒にK先輩のクラスの上映会に行きました。 その教室にはK先輩はおらず、リラックスして観始めることができました。 どうやら、先輩はメインキャストでは無いようです。全然出てきません。 中盤が過ぎた頃、教室のシーンになり。 そこに、K先輩の姿がありました。
画面に映った瞬間に心臓がドキっというのを感じました。 撮影したのが、午前中だったのでしょうか? K先輩は寝癖そのままの頭で、ぼーっとしているような表情でした。 私は、そのお世辞にもかっこいいとは言えない姿を、「普段のK先輩」だと嬉しくなり、忘れないように、ジーーーっと食い入るように観ました。 おかげで、あれから十数年経った今でも、私が思い出せるK先輩の姿の一つは、この時の映像です。 それぐらい一生懸命、記憶に焼付けました。
文化祭での私のクラスの出し物は、「劇」でした。内容は覚えていません。 私の役目は裏方で、舞台の端っこの方で隠れて幕などの操作をする係りでした。 K先輩のクラスの上映会が終ってすぐ、私は自分のクラスの準備に入りました。 始める直前、どのくらいの人数が集まってきているかを見たくなり、私は舞台の袖から、外を覗きました。
その教室の一番後ろ。出入り口の横に、K先輩の姿がありました。 私は、驚きました。自分が出ても居ないので、誘わなかったからです。 K先輩は、わざわざ調べて、一人で観にきてくれていました。 この時の姿も、今でも鮮明に思い出せます。それくらい嬉しかったのでしょう。 私は、最初から最後まで舞台に出る事は無い役目でした。 でも、先輩は最後まで観てくれていました。
劇が終ると、私は慌てて廊下に出ました。 すると、先輩が先の方を歩いて帰るところだったので、思い切って追いかけていきました。
「先輩っ!」
声を掛けると、驚いたようにK先輩は振り向き
「観に来てくれて有難うございました。」
と私が言うと、照れたように笑って
「俺のクラスも来てくれた?」
と聞きました。 私は、自分でも驚くぐらい元気な声で
「はいっ 観ました」
と返事をしました。K先輩は、さらに照れたように
「俺も、ほとんど出てなかったけどな」
と言いました。
この時の会話が、K先輩と付き合い始めてからの最初のまともな会話でした。
その後の文化祭の数日間、K先輩とはたまに擦れ違う程度でした。 最後の日のフォークダンスの時、運動場でK先輩の姿を見ました。 先輩は、どうしたのかウロウロしていて、先生に注意されていました。 その姿が可笑しくて、一人で下を向いて笑いました。
フォークダンスが始まると、私はK先輩と手を繋ぐ女の先輩達が羨ましくなりました。 多分、小さな小さな嫉妬だったのかもしれません。 と、同時に。自分も他の男子と手を繋ぐのが嫌で、指先でつまむように踊ったのを覚えています。 ダンスの最中に、ちらっと先輩の姿が見えました。 先輩は、余った男子生徒と手を繋いでいるところで、その面白くなさそうな顔がまた、可笑しくて仕方ありませんでした。
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