下駄箱
....................................................................................................................................................................
|
K先輩と付き合い出した私。 ということは、「恋人同士」であり「彼氏・彼女」となった訳で。 でも、その実感は私にはありませんでした。
電話番号の交換をした訳でもなく、デートをするでもなく。 二人っきりで話すことすらありませんでした。 以前の何も無かった先輩後輩のままで居た頃の方が、逆に親しかったぐらいです。
学校で私と擦れ違うK先輩は、大抵、同級生とふざけている状態で近寄ってきました。 K先輩一人であれば、何か言葉を掛ける事も出来たかもしれませんが。 私の目には、K先輩のその態度が自分と同じに見えました。 K先輩の視線を意識して、わざと笑顔を作ったりしていた自分と同じように、K先輩も私を意識して友達と楽しそうにしているように。 中学生の私たちは、お互いに自分を相手に良く見せようという意識が強かったのだと思います。
上級生であるK先輩の同級生の中には、目立つかっこいいとされるグループもいました。 その大概の人は運動部の部長であったり、いわゆるその頃の不良であったり。 その人たちと比べると、K先輩はごくごく普通でした。身長も170あるかないか。 みんなが羨むような自慢となる彼氏ではありませんでした。
何分、「告白されてから好きになった」状態だったので何一つK先輩の事を知りません。 K先輩とは小学校も同じであったのに、中2の秋までその存在を見た覚えすらなかったぐらいにです。 私は、夢中でK先輩のことを知ろうとしました。 古い住所録を探し出し、住んでいる場所、妹がいることを知りました。
その頃、好きな先生や先輩に「質問」を手紙に書いて渡し、答えを書いてもらうのが流行っていました。 それは、他愛も無い内容で、「好きな食べ物は?」「好きな色は?」など便箋一枚程度の質問状でした。 早速、私も姉に便箋を貰い、丁寧に時間をかけて質問状を作りました。 でも、問題は、どうやって渡すかです。
私は、直接先輩に手渡す勇気が無かったので、下駄箱を思いつきました。 部活後の生徒が殆ど居なくなった下駄箱で、先輩の名前を探しました。 その中学校の下駄箱には、フタがありませんでした。 そこで、私はK先輩の性格を少し知った気分になりました。 中には、かかとの潰れた上履きと、その奥に古い靴が入っていて、お世辞にも綺麗とは言えない状態でした。 上履きに描いてあるK先輩の名前。丸いかわいい文字でした。 私は、K先輩の書く「字」を見れただけで、すごく嬉しくなりました。
結局、その質問状の手紙は、下駄箱に入れる事はしませんでした。 そのだらしない下駄箱に手紙を入れるという事は、私がその状態を見たということです。 私だったら、好きな人にだらしないところは見せたくないし。 私なりの、好きな人に対する思いやりでした。
手紙は、A美を通じて渡してもらう事にしました。 それから、2日ほど返事は返ってこず、A美が催促をして受け取ってきてくれました。 今はもう、その手紙は手元にはなく、何が書いてあったかも忘れてしまいましたが。 一つだけ覚えていることは、好きな色が黄色だったこと。 その返事を私は何度も何度も読みました。先輩の書いた文字が嬉しくて。 この手紙が、先輩の手に触れ、先輩の制服のポケットに入っていたと思うと、何より私の宝物になりました。
そして、K先輩への私の「好き度」はどんどん高まっていきました。 と、同時に。 私はK先輩と廊下で会うと隠れるようになりました。 K先輩を意識することで、返って、まともに顔を見れなくなってしまったのです。 逃げるような私の姿に、K先輩は悩んだようでした。
..................................................................................................................................................................
|