返事
....................................................................................................................................................................
|
「少し、考えさせてください」
そうK先輩に言うと、私は顔も見ずに頭を下げ、その場を立ち去りました。 とは言っても、帰りも足場は同じように悪く、またもや転び、
「大丈夫?」
とK先輩に声をかけられましたが、それにすらコクコクと頷く程度で、逃げるように先輩の視線から逃れました。 その日部活は、ほとんど上の空。 運良く、その日はK先輩の部活と体育館の使用が重ならず、顔を合わせずに済みました。
家に帰るとすぐ夕飯でした。 が、その前に、荷物を置くと同時に制服を着替えもせず、私は鏡で自分の顔を確認しました。 一体、自分はどんな顔で先輩の前に立っていたのだろう? 鏡の前で俯き加減になり、上目遣いで自分の姿を見たりしました。 そんな百面相をしていると、下から母親の怒る声が聞こえ、慌てて御飯を食べに降りました。
御飯の最中も、お風呂に入っている時も、私の頭の中では今日の告白シーンが再現ドラマ状態でぐるぐる。 そして、お風呂から出ると、返事を考えはじめました。 普通は、自分の恋愛感情と相談して答えを出すことなのに、まるでその後のドラマの展開を考えるかのように。 私は、好きでもなかった先輩に告白されただけで、夢心地になっていました。 答えなど、決まるはずもありません。 第一。私は先輩のことを何一つ知りません。その人と付き合うというのはどういうことなのか? 具体的なことが何一つ分からない私にとっては、未知の世界でした。
普通なら、この状態では『NO』と返事をすべきことなのでしょう。 でも、私は浮かれており、それよりも今後の展開への好奇心でいっぱいでした。 その好奇心は、相手が誰か?はあまり問題では無かったように思います。 例え、それが同級生の誰かであっても。 相手が上級生であるからこそ、その頃同学年で先輩と付き合ってる子など噂で聞いたこともなく、余計に「付き合ったらどうなるんだろう?」という好奇心は膨らんでいきました。
それから、2日の間。 授業中も、部活中も家でも、眠っている時間以外の全てが、K先輩のことでいっぱいでした。 告白された時を思い出しては、ドキドキと心臓の鼓動が早くなるのを感じていました。 先輩とたまに廊下や部活中に会ってしまいましたが、見られている意識の中で、先輩を見ないようにするという不自然な私が居ました。 そして、3日目。 私は友達に頼み、「放課後体育館裏で」と伝言を先輩に伝えてもらいました。
前の晩はそれはそれは、一人頭の中で大騒ぎでした。 何度も何度も小声で鏡の前で練習をしました。 放課後になり、体育館の裏に行くと、K先輩は先に来ていました。 今回も、私は歩くところを先輩に見られるわけです。 またもや緊張して足元がおぼつかなくなり、じゃりに足をとられコケそうになりました。
K先輩の前に立ち、俯いたまま、深呼吸をし、私は言いました。
「御返事、遅くなってすみません。私とお付き合いしていただけますか?」
今思えば、告白された返事としては、若干おかしな気がします。 でも、私にとっては精一杯の台詞でした。 緊張のあまり、声が震えました。 この緊張は、好きな人を目の前にした緊張ではなく、初めての舞台で、台詞を読む緊張の方が近いものだったと思います。 震える声で一気に言ったあと、肌寒い外に出たために鼻が出てしまい、グスグスと鼻をすすってしまいました。
..................................................................................................................................................................
|