am5:00
一年が経ちました
わたしはまだ、ここにいます
あしたも、あさっても、ここにいる
たぶん
そうしていつかあなたの年を追い越す
・・・・・・それは、すごくすごく、変なことに思えます
30歳から向こうの時間がまっしろに見える
それは少しだけ危険だけど
わたしまだここにいます。
なにかを食べたいとかなにかをしたいとかよくわからないし
生きるとか死ぬとかよくわからないし
なかよくしようよって刃物があたしのことを呼ぶ
なにも手に取らない選択、窓枠をのりこえていかない選択、たくさんの錠剤は見ないこと
夜の中で鳥が鳴いてる。 朝になっていく空はものすごく青い。
一年前のこんな夜明けに目を覚ました 壁に吊るされた喪服があたしを見ていた どこもあたたかくなくて 心底、ひえきっていて 涙の一滴も入り込むすきまがない朝と夜のさかいめ
あなたが目を覚まさなかった朝と夜のさかいめ
わたしはなんにも知らない たぶんこれからも何にも知ることはないと思う
空気に触れているところがひりひり痛んであたしはまだ自分が生きていると思う。
何にもかなしくもなくて冷ややかにやさしくて ひたひたと満ちてくる この青い時間は、ひどく、ひどく、 なつかしくて、そうして 孤独です
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pm3:00
毛布の下で、夢を見た
居心地よいくらいにごちゃごちゃして人がいて空間がある駅で わたしは黒い旅行鞄をかかえて立っていた この間まで画廊に行くときにいつも抱えていたナイロンの鞄
どこに帰るわけでもなくて、だけど帰るということはわかっている
行くところがなくて途方にくれた足で改札口の外に途中下車していった
透明にあかるくて人が大勢いるのにしずかで すきまの多いおかしな町のなかで うるさくなくて
駅を出て右手に歩いていくのは吉祥寺で毎日くりかえしていたことの癖だった この道を歩いていくときっと「いい場所」につながる どこにも行けないけど、どこかにいける
そうやって適当に歩いている いつも
路地はすぐに行きどまって突き当たりの場所はガラスと白い木でできたお店だった オレンジ色のタオルとかきみどり色の石鹸とか フレグランスボールとか ふかふかの毛羽だったバスローブとか。
板ガラスみたいに少しだけゆがんだ窓のむこうに きれいなみどりの芝生が見える 少しだけほこりがついて曇った窓枠にふちどられて いい絵だな、とあたしが思う
なかにわ。
旅行鞄の中からカメラを出して わたしは芝生の上に足を投げ出して座った 見上げた空が青かった 雲の白とビルの白と空の青と、その間をかいくぐっていく電線の黒い導線
それならそれを、どう切り取ったらいいだろう
シャッターが押せない
見上げては構え、見上げては構え やっぱり空は青くて 芝生の上に投げ出されたスカートの裾のひだひだとか そんなものまで全部色の中に舞った
また空を見る
ぼうっとしたたくさんの色の線が走ってる
・・・・・・・・・・虹。
そういえば電車の中で天気雨が降っているのを見た
カメラを構えたままずっとずっと色の線を追いかけていくとそれは わたしの背中の後ろのほうにまで続いていて、そうして、きちんと もう一本のうっすらとしたかたわれを従えているのも いつか見えた
(虹はいつでも2本出るんだよ)
誰が教えてくれたのか忘れたけど。
そうして目を覚ました なんだかとても いい夢を見たような気がした
そういえば あのときも虹を見た。 去年 あなたがお墓に入っていった日の、帰り道 東京駅を出て行く電車の中からわたしは 虹を見た。
生きていたのは、すこし蒸し暑いくらいの春の日の午後3時で ベッドの上で、わたしは毛布のかたまりの中に座って うすぼんやりとした目で、昨日を手繰り寄せていた
わたしが考えているのよりももっとただしく、年月は巡っているのかもしれない。
季節をトレースしながら たくさんの記憶を、またその上に重ねて ずっとずっと下まで透けて見える、極薄のトレーシングペーパーみたいに だけど、それでも、 あるひとつの厚みを加えながらぐるぐると 機械的なまでに、規則ただしく。
ただしいことは、絶望的なくらいにつよくて、そうしてかなしい。
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pm5:30
選挙に行く。
二十歳をすぎて与えられたこの権利をどうしても 行使しなくちゃいけないと思っているのは、それが友達の記憶に結びつくからだ 生まれてこの方日本にずっと住んでいるけれど選挙権をもたない彼は、 与えられてる権利くらい使いやがれと「わたしたち」に向かって怒っていた。 それだから、 それから二年経って、与えられたこの権利を わたしは見ないふりをすることがどうしてもできない。
なぜか選挙があるときわたしはいつも具合が悪くて 熱があったり臥せっていたりした。 ここ数年はもうそれは日常茶飯事のできごとなので誰もたいして気にしないのだけど (とりあえず眠るかたちに入っていれば耐えられる程度の日常的病臥) ただ、うちをでて、外出するとなると話が別になっていくから それだから、わたしは毎回、投票所まで父親の運転する車ではこばれてゆく。
10日ぶりに外に出てしまった。
露出する皮膚がびりびりと痛くてあたまがぼうっとしている あちこちが炎症を起こしているので微熱 でもいつもとおなじ ただ外に出て行くことだけがちがっていて
わたしは今年はじめての夏の靴をはいた 底がぺたんこの軽い軽い、臙脂色の靴
投票を終えるといつも少しおかしな気分になる あんなに思いつめて求めて求めて喧嘩しあって たくさんの思いと行動と記憶を背中に抱えて そうして最後に行きついていくこの場所で行われる行為が、どうして こんなにカンタンなことでしか、ないんだろう
ことばにすればそんな思いかもしれない
からっぽになった手で会場を出て行くとき 熱っぽい顔からなにかが外の空気にむかって ゆるゆると溶けていく気がする
足元は軽い
夕焼けになりはじめた外の世界をみて、わたしは きれいだ、と思った
見ないままほとんど散ってしまった桜のかけらがあちこちにこぼれてた。
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