夢はこころをあらわす鏡です と、 大学のときについていたある先生は、まじめな顔をして言った。 線のほそい横顔をしていて、いつも黒い服を着ていて それがよく似合う、美人というのがただしいような先生で わたしはその先生の、とてもきちんとスクエアな雰囲気を持っているのに なのに同時にとてもきちんと並外れて「抜けている」ところとか 冗談ともつかない独特の日本語の話し方がとても好きで 二年間つづけて講義を取ってしまったりしてた。 病気病気の毎日だった二年目でも なんだかふらふらとがんばって、その先生の講義には 朝からよろよろと出かけていったような気がする、思えば、不思議な熱心さで。
その先生ほどゆるぎないように夢を信じるわけじゃないけれども こんなふうに、真夜中に、 真っ暗闇の中にとつぜん目をさましてしまって どろどろとしたとても克明な夢の中に 自分をはんぶん置き去りにしてきたみたいな、すっぱりと切りおとされた 半身のような気分で独りぼっちで座っていると いつもよりも、なおさら 現実、というものの頼りない手触りを信じられなくて 夢、というあっち側の世界に、じわじわと侵食されて 途方にくれたように自分を手放したくなってしまう。
夢。
乗り込まされた列車と 人形みたいな顔をした ロリータの服に身を包んだありえないくらい完璧な少女の口から 発せられる無理難題と それに追いまくられて次々とこわれて 「捨てられて」いくたくさんの人たちと。
そのなかのひとりだったわたしと。
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今日のそらはとうめいに青くて 空気がなぜか澄んでいて それは、きのうに降った雪のせいなのかもしれない。 重たいから、という理由でいつも持ち歩いているカメラを かばんの中から出したまま電車に乗ったことを何度か悔やみました。 それだけくっきりと鮮明なあおい色と、ひかりと、かたちと、影。 発色のゆたかな色鉛筆をざらざらと並べてながめるときにかすめるみたいな 色を目の前にした時に感じる、なにかに打たれたような感じ。
せかいはこんなにきれいなんだね
ことばにしたらそういう響きになるのかもしれない、あの感じ、 それが何度となく自分のなかをかすめていくのを嗅ぎ取った すきとおったつめたい、あおいあおい空の一日でした。
よく、読ませてもらっている日記を書いている、あるひとが、 今日の一日を、大切なことを告白する日にするのだと言っていて そのことを思い出して そのひとがずっと抱いてきたかも知れない不安やなにかが、 この空みたいにとうめいにきれいに高く高く 澄み切ってのぼっていっていたらいいなんていうことを、思いながら。
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帰り道の途中、 ひとりでいることにすっかり参ってしまった軟弱なこころをやわらげたくて 立ち寄ってみた、ジェーンマープル。 12月も暮れるころに、わたしのような そう何度も訪れていないお客の名前をきちんとおぼえてくれていて そうしてセールの案内をもらったけれど 結局、うちのなかで臆病なまんま、とろとろと眠り込んでばかりいたわたしは 何十日ぶりだろう、という感じでそのカウンターと鏡の前に立って 赤葡萄色のしっとりしてやわらかな試着室のカーテンに触れてみたり たくさんの布の束をを、いちまいいちまい、なぜてみたりしてた。 いろんな手触り。 あなたは、わたしを守ってくれますか。 そんなふうな思いにも似て そっとそれらの「衣装」に触れる瞬間。 一枚の、やさしく毛羽だったオレンジ色のチェックのジャンパースカートが わたしにむかってうなずいたから、わたしはそれを着て鏡の前に立ってみる。 ぽってりした靴の先から、ベレー帽をかぶった頭の天辺まで そのまま抜け出して歩き出していけそうな姿がそこにあったので、 わたしはそれを買いました。 ときに、ひとはお洋服に選ばれます。 少なくとも、あんまりこころぼそくなるわたしには そういうふうに思えます。
身を包む布から、力をもらいながら、 世界のはじっこに、しがみついているみたいに。
ほんとうに特別なその布は、たった一枚だけどとても力づよく わたしを守ってくれる、ただひとつの鎧だから。
そんな一日のおしまいに 落ちていった夢のなか。
鉄錆びのにおいとざらついた手触り、そこらじゅうにあふれた瓦礫の中で わたしは必死にあがいていて、そうして 容赦なく「捨てられた」ひとたちの残骸がごろごろところがっていた。 ぎろり、とこちらを向いて横たわっていた かつて誰かだったものの首のなかにみひらいていた、しろい目を わたしはまたこの体に焼き付けてしまった。
真っ暗な闇の中に目をさまして。 あんまりに鮮明な夢のなかから「目をさまして」。
どっちがほんとうなんですか
そう尋ねても答えは返ってこないし 誰の返事も求められないわたしは ばっさりと半分に切られたみたいに闇の中に座ったまま 夢にひたひたと浸かったままでいる。 背中の方から手を伸ばしてくる触手みたいなやつらがわたしをひきずりこむのは 怖いことがこわいと感じられない、どうしようもなく平坦で 押しつぶされたみたいな感情のない世界で そんなところにいたくはないと、わたしはここから今すぐ逃げ出したいのだけど 夜はまだ続いていて ここにはあなたはいなくて 知らない顔をした誰かだけが すぐそばでスタンバイしている気配がして
わたしは負けたくない
だけど
いまにも転げ落ちていきそうで 身を縮めてたすけてと呼んでいるのも ほんとう。
まなほ
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