イチニチノナカデ。
わたしの体の中心には 一本の柱が立っている。 それは、積木でできていて 綿ブロードみたいな布で包まれている 中身の見えない、153センチの 一本の柱。
一日の中の儀式みたいに、その柱をくずし、またたてなおし、またくずし、 そのたびに、不安にからだを切り刻んだり、きっと生きていけると思ったり 世界はあんまりきびしすぎると駄々っ子のように考えたり じぶんの裸体をまるごと投げ出したりする。
長い髪。 いいえ、 それほど長くない髪。 少しずつ、少しずつ、のびつづけて 背中に腕をまわすと手のひらでしっかり掴むことのできる黒髪のひと束。 それほどまでにはわたしは生きてきました。 サトくんがいなくなってからも、わたしは生きてきました。 あなたの髪の毛はもう伸びない、 あのまっしろで美しいきれいな骨のなかにまぎれて 今も せめて、冷たい風とは無縁のしずかな場所に居るのだと信じたい。
ちいさな日常の これといって事件もない しずかな自分との闘いのじかん。 ルーティーンになってゆく、わたしの日常。 今日のそらは雲ひとつなく 夕方の焼け野原みたいな空にまで うっすらと銅の色ののこる西の空にまで 雲の片鱗も見えなかった。
そしてルーティーン。 昼間が夜にチェンジする 夜が昼間にチェンジする 曖昧な境界線のなかで わたしがこわれて、またうまれかわる。 痛みもなしに ただ、 ただ、 からだの細胞がひとつひとつつながりを解いて散乱してゆくような そんなやわらかな恐怖と不安につながっている 曖昧な時間帯に。
いちにちのさいご、その一歩手前 それと知らないうちに出来上がった日課。 お風呂あがりにわたしのなかの積木の柱ががらがらと音も立てずに崩れ落ちて それがあんまり急激で抑えきれないことなので わたしは守りの姿勢をとる、どうしてもそうせずに居られないからそうします。 裸体のままで床にうずくまって、なめらかで丸い膝をぎゅうぎゅうと抱く。 抱いている腕は傷跡だらけ、自分で付けた切り傷の痕が放置されて 肌の中に白い引きつれ、を いくつか、いくつも、浮き立たせている。
わたしの腕。 わたしの足。 わたしの体。
ぎゅうぎゅうと抱きしめて卵のかたちに自分をあてはめていく、はめこんでいく。 そうしたら、何かが終わらないですむかもしれない、そう信じているみたいに。
ほんとうは信じられるものなんて なにひとつないのかも、知れないけど わたしは今日も お風呂上りに、緊張を失ってやわらかくしなって そうしてガラガラと崩れていく自分のなかの積木の柱を こうして腕と膝と背中で作る、骨ばった球体のなかに納めこんで コントロールを見失う瞬間をおそれている。 だいじょうぶだいじょうぶとくりかえしながら わたしは。
浮き出ている骨を指で辿りながら、その数をかぞえる。 ひとつ、ふたつ、ひとつ。 肋骨がむっつ、 背骨がじゅうさん、 皮膚に覆われた上から指先でたどれる突起は 今日はそれだけの数があった。 わたしがわたしとしてここに居ることの わずかな確認、心の不穏な因子への、ちいさな抵抗。
この脂肪も筋肉もぜんぶを剥ぎ取ったなかみが、まっさらにしろい骸骨であることを、しんじて。
抱きしめた両腕に、つむった両目をひらいたら 目の前に乾きかけた皮膚が、まっすぐに膝を抱いていた。 強く力をこめた関節は白くて、 そうして肌は、水を吐き出して がさついていく。
ねえ、わたしの腕には、鱗がはえているのよ。
1月、中旬。 わたしは、もういちど踊りたいのかもしれない。 肉体をすみずみまでも統御しているというあの めちゃくちゃに忘れかけている感覚を、からだに叩き込むために。 自分を傷つけるトゥシューズを、この足につけて ありえない身体の姿勢をたもちつづけて 不安定に明滅するひかりを、 すこしでもいい、 じぶんの中に打ち立てていくために。
身体の記憶をたどり からだに刻み込んだ、ドゥミ・プリエをくりかえしながら おとろえた筋肉は、もう、このずいぶんと痩せたからだも支えはできないのだけど ただ これ以上ないくらいに緊張した筋肉と それが解放されて緩んだ瞬間に伝わってくるにぶい痛みが 筋肉のあげるささやかな悲鳴が わたしがここにいることを 伝えてくれたような、気がして。
もういちど もういちど
わたしは踊りたいのかもしれない。 スポットライトをあびるためじゃなく 毎夜毎夜 お風呂からあがるたびに崩れ落ちていくじぶんのなかの自分という名前の おろかに崩れ易いアンバランスな積木の柱を ただ、ひとすじの 細く(だけどたしかにきれることのない) 一本の糸で、そらから まっすぐにそらから吊られて
わたしを、とりもどすために。
まなほ
|