| 2002年12月30日(月) |
ア・ピース・オブ・ケイク |
ケーキを食べるとき、は 絶対的に平和で、しあわせでなきゃならない、 そんなふうにわたしは思う。
ひと切れのケーキ。
苺とラズベリー、マスカルポーネチーズ、 タルト生地、ホイップクリーム、ミントの葉っぱ。 紅茶を添えて、白い厚ぼったいカップで、 お湯は熱くて
そうして、誰かがいて。
ケーキはすっかり完成する。 お皿の上のひときれのケーキ、 ひららかで、平和なお菓子。
憶えることができないくらい小さかったころ、 まだ歩くのもおぼつかなかったような小さいころ、 誕生日に一度だけホールケーキを外で買ってお祝いをした。 兄のときも、わたしのときも、弟のときも、 ほんとうに小さかったころ、パパとママ。 外で買ってきた、どうやら今ではあんまり流行らないらしい 生成りの色のバタークリームのケーキ。まあるいケーキ。 ふちにぎざぎざの模様がつけられていて、まんなかに薄ピンクの薔薇の花の飾ってある クリーム色のケーキ。
どうしてだかわからないけれど、そのケーキはわたしをしあわせにしない。 証拠写真が残っている、誕生日に写されたらしい まだ、すごくすごく小さかったわたしと 時代がかった太い黒いふちの眼鏡をかけたパパに、ママ。 テーブルの上にまあるいケーキが乗っていて、わたしが手をのばしている。 この写真は誰が写したのだろう とても平和であたたかそうな一枚の写真。
なのに、 そのケーキはわたしをしあわせにしない。
バタークリームと薄いピンクの薔薇の飾りのことを思い出すと どうしてか、わたしはとてもかなしくなる。 涙が出てきそうなのはどうしてかわからない、だけど ひどくかなしくて、泣き喚きたくなる。 目の前にあるまあるいケーキにはわたしの手は届かないと知らされている。
言葉ももっていなかった小さなころのケーキ。 誕生日のケーキ。 記憶のずっと向こうで小さく小さくなって なんにも思い出すことのできない、バタークリーム。 かなしいという気持ちと弾き出されたかなしみだけが ひたひたとおなかのなかをいっぱいにしていく。
歩くのもおぼつかなかったわたし。 きれいに飾られたまあるいケーキ。
飾られたみずみずしい苺をフォークの先ですくいとって かじる。 水気がしゅわっと散って、甘酸っぱい露が口のなかにたっぷりひろがって テーブルの向こう側に誰かが笑っていて
ひときれのケーキがたまらなく恋しいときだって 365日のうちに何回か、あったりするのに。
まなほ
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