ただ、それは、なんのことはなく 立っていた河原にびゅうっと風が吹いて カメラが がつん、と地面におちて それを拾い上げたわたしの手が砂埃をはらって そうしてなでた、つや消しの銀色のまるこいしかくのフォルム。
ほんの少し傷がついて 飛び出したリチウム電池のメタリックな水色が ころころと、舗装道路の上を、ころがった。
それだけのこと。
壊れたのは、ひかり。 わたしの手の中で、もう ひからなかった カメラ。
すきこのんで、ひかりばかり撮るお陰で 普段からあまり使ってさえいないフラッシュが どうやらこわれてしまったようだと ためすがめつしてみて、結論付けるなかで、
「 でも、こわれた。」
ちいさなうつろがわたしのなかにできたのをみて たいしたことはないのよと、言い聞かせる誰かがいて でも 見上げたこの空の透明な秋色を留めておきたかったとか 道端のその木の葉の黄色と橙のアレンジを焼き付けておきたかったとか そんなことを頭の端っこに留め置かせつつ
ただそれまで使っていたカメラを両親に持っていかれたというだけの理由で しかたなく使いはじめたのが、いつのまにか 何百枚ものカットを切り取って 手になじんでしまったそのカメラを、いつもの写真屋さんの店長さんにあずけて いつもの、プリントの預かり票ではなくて、修理依頼の控えを片手にひらりと持って わたしはうちに、かえってきました。
ちいさなちいさな旅のかえりみち。
わたしの手の延長にあった ちいさなキカイが壊れた日
それがかえってくるまで、きみは待っていてくれますか と すこしだけつめたい風に聞いてみるのだけれど 応えはなくて
自転車のうえで ふわりと漂ってきたあまい香りがして 今年もまた、きんもくせいが咲いたのを知って あのたまらなく濃いこがねいろのいちめんの絨毯を思いおこして その中に立って笑った何年かのことを思い出して いっしょにいた誰かのことも思って
ぎゅうっと
なにかが縮こまるみたいに息を止めました。
つめたい風と あまいあまい匂いと ごく小さくてやわらかな 橙色の花のつくる 秋の、絨毯。
絵だけではなく、写真も、 わたしは手にし始めたけれど 結局のところ、どちらも、 どちらかのかわりには、なれないようでした。
まなほ
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