『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年06月02日(日) 恋という病。


W杯開催に寄せて。


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 「祝祭に響くアリラン日韓の人らのほほえみ涙さえ浮かぶ」


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調子が悪くて一日中眠っていた。
もう眠りたいと思いながら生きていた。


ワールドカップ。
家族は観戦している試合の数々。
正直言ってあたしはこの反逆する身体を引きずってここに居るので精一杯で
そこまで気が回らないのです
ごめんなさい。
ごめんなさい。


ただ、

開会式の様子を放送すると兄が教えてくれたので
あたしはだるくて熱い身体をできるだけ早くすっとばして
テレビ画面の前に座り込んだ。


ひらひらと舞う、白い衣装、
ユーモラスな足取りでくるくると回転するひと
舞い踊るしなやかな腕
祈りをささげるムーダンの長い袖は目にまぶしく
その背後で打ち鳴らされる祝いの太鼓
一斉に叩きつけられる音・音・音。

あっけらかんとして
てんでばらばらに足並みはそろわず
けれどそれを上回る強さでひとつになる
命にあふれ、たしかにその土に根付き、青空に向かってさけぶたくさんの身体、

「歓喜。」

あのチャングの響きが聞こえる。

ドン・タタクタクン
タククタ・クタクン

打ち鳴らしうたえ
ちからの限りうたえ
打ち鳴らせ

うちならせ


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あたしは恋をしている。
韓国と言う、この国に、たぶん
あたしは恋をしている。

それはおそらく、生まれてはじめてきちんと恋をした人が
韓国の人だったせいもあると思うけれど、
それは本当に生身となまみとがぶつかりあうぼろぼろになるような恋だったけれど
そうして
日本人であるあたし、と
韓国人である彼、という存在を
哀しいほどくっきりと刻みつけながら転がり落ちるような恋だったけれど。
最後には、右と左にわかれて、サヨウナラを言うこともできずに立ち去る、
そんなような、出来損ないの恋だったけれど。


ただ、
それを別にしても

朝鮮半島にあるこのひとびとが受け継いでかたちづくってきた
ただただ、喜びにあふれて揺れ動くその姿に
たぶんあたしは恋をしている。

未来絶対手をつなぐことなんて不可能なのだ
それだけの哀しい溝を、あの戦争で作ってしまった、
もっとも近くてもっとも遠いといわれる国。
近寄れば傷つくことはまぬかれられず、遠ざかれば糾弾される、あの国。

あたしたちを翻弄したもの、国籍と、それが背負う歴史とは
すでにひどく痛めつけられてしまったあとで
それを飲み干すことなんて、たかだか17歳かそこらの小娘には無理な話だった。


ただ
あたしは
あの音を今でも
忘れない。

体の底のほうが揺らいで、
肩も腕も
リズムを作らずには気がすまなくなる
土を踏み鳴らし、
踊りだしたくなる。

いつかあたしは
まっしろなパジとチョゴリを身に付け
藍色の上着を羽織り紅と黄色の帯をこの体にまとって、踊った。
白い麻布でしっかりと体にくくりつけた、なめらかに美しい女体のような太鼓。
あの体の芯に食い込むような音を打ち鳴らして
耳にとがるようなけたたましいケンガリの音
もっと
もっと
もっと
そう、追い立てるような響きに心地よく身を任せたまま遠くまで
命と土とを吸い上げるようにくるくると回転し
頂点に向かってゆく、あの昂揚感。

薄桃色のふんわりとしたチマ・チョゴリに身を包んで暮らした日の思い出。
無造作に広げられた牡丹色の絹の襟の、繊細にうつくしい刺繍に溜息をつき、
ゆったりとしたその衣装に袖を通し、帯を結び、チマを重ね、
締め付けるもののなにもない体を自由に操ってあたしは暮らした。
ふわふわと揺れるスカートの裾をさばきながら
対照的にきっちりと結い上げた髪にかすかな誇りを感じながら
しっかりと頭を上げて。

胡蝶にもなれるだろう。
そんな気がした。


ただ極彩色とも思える
でもそれが何より似合う。
風と色と人と、心の色と。


歓び、ということばのほんとうの意味をあたしに教えてくれたのはこの国だと思う。


「あなたが語ってくれた、はじめてのわたしの異国」


その日からわたしは日本を感じるようになり
その日からわたしは
誇りという、うつくしいプライドを知った。


絶対につながれないはずの手が
テレビ画面のむこうでつながれていた。
それがただ、一瞬の祝祭のあいだだけの夢だったとしても。

アリランアリラン、アラリヨ

同じあの曲にあわせて手をとりあい楽しげに踊る様子が
あたしにはとてもうつくしいものに思えてならず、
信じがたいものに思えてならず
この幸せがずっと続けばいいと祈らずにはおれず
うっすらと涙がにじんだ。


アリラン、アリラン、アラリヨ



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 あなたに会えたら、言うことばは決まっている。

 「ありがとう。」

 めちゃくちゃに傷つけあった恋だったけれど
 最後の日にはもう、まっすぐに顔を見ることさえ叶わなかったけれど、それでも
 あなたの祖国への恋は、あたしの中では終わっていないのだから。
 おそらく
 あたしがこの世界からいなくなるその日まで。

 あたしはあなたが教えてくれた国に、
 恋をし続けるだろう。
 


 2002年6月2日、記  まなほ


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