『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年05月27日(月) 雨の日の子守唄−5 「嘘みたいなほんとうの話を」

「小さな雨の日のクワームィ」


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今日、空は、一日中、雷をつれて稲光をつれて
せかいじゅうを紫色にひからせて
そうして天の水底に大穴をあけたみたいに怒涛のような雨を
縦横にぶちまけている。

だから今日は

嘘みたいなほんとうの話をしよう。


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きのう。

サトくんを送った。
重たい石の下に白い骨を収めた。
四十九日。

ひととおりの儀式が終わった。


晴れた空で
あおい空で
ときどき目はかすんだけれど
でも、くちびるをかみしめて
舌の先をぎりっと噛んで
あたしは泣かなかった。


黒いかばんの中には、ハンカチもタオルも入っていなかった。
朝があんまりに慌しくて忙しすぎて、ただ入れ忘れただけの話だった。
でも、もしかしたらそれは
絶対に「泣かないあたし」の抵抗だったのかも知れない。


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サトくん。

あなたのかたちが世界中から消えた日。
火葬場で、あの日
銀色の扉がしっかりと閉ざされたあの日

どんな扉だって閉じられるようにできている。
だけど、世界中であたしがあんなに嫌いな扉はない。
そして、
あんなに嫌いな瞬間もない。

この手に触れることができたものが、絶対的なしわざに遠ざけられてしまう瞬間。

(火葬というこの土地の風習を、こんなにも憎んだときもない)



だけど

そこからふたたび出てきたあなたは。

きれいだった。

すごくすごく、きれいだった。


若くしていなくなってしまったあなただから
あたしとそう幾つも違わないのに消えてしまったあなただから
あたしが見送ったほかの人たちのように
あたしとあなたが一緒に並んで見送った、おじいちゃんのように
粉々にならず
薄黄色くもならず

くっきりとのこる、ほねのかたち。

まっしろな、その色。


サトくん。

あんなにまっしろできれいな骨を、あたし見たことなんてなかったよ。


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焼かれても、焼かれきれずに、
用意されたうす青く白いまるい骨壷に収まりきらないほどの、そのしろいほねに
まっしろだったままのあなたの
生き抜けなかったあなたの

生きている力が、残されているような気がした。


(そうして、そこにある力に気づかずに行ってしまったあなたを憎んだ)

(そこにのこる力までを、使い果たさせなかったことが嬉しかった)

(泣きたいくらい)



収まりきらない骨を詰め込んでゆく火葬場の人を殴りつけたいように憎んだ。
視線でそれができたなら、きっとあたしはそうしていたと思う。
作業を続けていくその腕を跳ね上げて突き飛ばして、


そこに入らない骨ならあたしにください。


そう言いたかった。

叫びたかった。


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思い残したことがあるとすればそれはあなたの白さを手に入れなかったこと?
あなたの白さを、その残されたかたちを、守れなかったこと?

そうかも知れない。

あなたのいない世界の中にあなたのかけらを探して
菜の花や、遠い島のすきとおった甘い水や、
やさしい姿のものを探して、一緒に居てくださいと頼みながら
生きているだれかの命を削った。

あなたに添えるために。
あたしに添えるために。


そうして、ひとおおりの儀式は終わった。

ただ、悼みは終わっていないとしか
あたしにはわからない。


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帰り道、ひどい勢いで雨が降った。
そこらじゅう全部のものがびしょぬれになった。
電車の窓からあたしは
ぐっしょりと濡れていく世界と、麻痺したような自分を見ていた。


これはせめて、空がこぼしてくれた涙なんだろうか、

それとも、何だろう


大粒の雪みたいに降ってくる雨を眺めながらあたしは思っていた。

「慈雨」。

この水がそれであればいいと。



そうして雨がやさしくなった空に
虹が出た。
きれいに半円を描く虹。いくつものいくつもの色。
ほんの十数分の出来事だった。
きちんとふたつ重なって出た虹。

くっきりとした色は段々にうすれ、そして虹はおちていった。
海に向かって。


電車の中のほかの誰も気がつかなかったと思う
日よけを下ろしたり新聞を読んだり眠り込み始めたり
誰もが視線を下に向けている午後の電車の車内で
あたしはひとり、窓にかじりついてその最初から最後までを必死に見つめた
消えていく、薄くなっていく色を建物の影に探した

嘘みたいな、この、ほんとうの光景を
焼き付けられるだけ焼き付けたかった。

もし目の奥にこの風景をくっきりと焦げ付かせられるならあたしはそうしたい。


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  あなたの描く世界はあんまりにきれいすぎると言う人が何人もいる。
  確かに、実際のところ、せかいはもっと、
  どろどろしていて、くるしくて、生々しい。
  芽吹いたそのやさしい緑のまま、すなおなまま、生き延びていけない。
  汚れて汚されて傷ついて勝負して打ち負けて打ち勝って騙されて憎みあって、荒んで
  そうしていろいろなことを忘れかけたころに
  いろいろなものが、めちゃめちゃに歪んであたしを傷つけて見え始めたころに

  不意打ちに世界は、すがたを変えたりする。

  こんなにもきれいすぎるかたちをあたしに見せつける。

  だから、あたしは信じ始めてしまう。

  世界が、かぎりなくやさしくなれることも。
  あなたやあたしが、世界中を敵にまわさなくても、
  生き延びていけるかも知れないということを。


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あたしは思ってしまった。
信じ始めてしまった。


ねえ、
サトくん。

あの虹のはじっこが落ちた先に
追いかけても追いかけても絶対に届かない虹のかなたに
あなたの居る場所が、きっとあるんだね。

海の向こうのかなたにある、世界。
たとえば、ニライカナイ
そう沖縄の人が呼んでいたような場所が
あるんだね。


ばかみたいだと言われてもあたしは信じよう。
あなたは、どこにも居ないけど
もうどこを探してもどの扉をこじあけてもあなたは居ないけど
でも、かみさまはあなたを盗らなかったと。
あなたはあたしを置き去りにしたんじゃないと。



灰色の雲間にふきとばされて千切れた、ちいさな空の青さがあんまりに青くみえて

あたしは少しだけ泣いた。






サトくん


ばいばい


ばいばい



また会おうね、きっと



会おうね








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