『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年05月26日(日) 雨の日の子守唄−4 「あなたの白い骨ばかりが」

「小さな雨の日のクワームィ」


泣いている大きな空
ちいさな涙をかかえて、芽吹いてゆく種。

天までのびようと
誰に届くことがないとしても


ただ、懲りないあたしの最後の一日をとどめておきたい。



それだけのきもちで、いまはことばをつむいでいます。

つまづきながら。
てさぐりしながら。



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きょう。

納骨式だった。

あなたの。



晴れた日のお昼ちかく、小さな緑に囲まれた川沿いのお寺。


残された、サトくんのぜんぶ。
生きているあなたをあたしは大好きだったけど
いっぱい見逃してしまった、
大好きだって伝えることもできなかった。


「 ほんとうにとりかえしのつかないことなんてなにひとつないのだ。死ぬことのほかは 」


そんなことを偉そうに言いながら
たぶんとても身近にいたあなたを、その
ほんとうにとりかえしのつかない場所に追いやった、ひとりのあたし。
何もできなかったあたし。
その日、
おそらく行ってしまおうとするあなたのすぐ近くに居ながら何も知らずに笑っていた、
あたし。


今だからやっと言える言葉があります。


「あの日、あたしはあなたのすぐ近くにいました」


ねえサトくん
どうして偶然でもいいからあのときあたしにばったり会ってくれなかったの。
どうして神様の意地悪はあたしたちを引きあわせてくれなかったの。

あの日、
あたしはあなたが死んだ場所にいたそうです。
数キロメートルと離れていなかった。
たぶんきっとそうしようと思えば、歩いてゆけさえした。
それだけの距離。
お互いに住んでいる場所とぜんぜん違うところにわざわざ居て
あたしは笑っていて
あなたは

あなたは


残されたあなたにまつわる数少ないものの、全部を
見届けて飲み干さなければたぶんあたしはこの
「死」を
いつまでも、いつまででも生乾きのまま
この場所に凍らせておくような気がしてならなかった。
きっとあの駅に立てばあなたのことを思うだろう。
贋物の悼みをかかえて、そうしていつかあなたのことを忘れてしまうだろう。
ものすごく自然な方法で、容赦なくすぎていく時間に任せて紛らわせるという
ひどく生半可なやり方で、あなたを忘れていくだろう。

それが悪いと思うわけじゃない
ただ
それはまだ、あなたをほんとうに見送ることではないと
あたしは思うだけ。
激しく、思うだけ。



だから。


この、忘れられかけたかさぶたをもういちど剥がさなければならないと思う。どうしても。
ばかなあたしは
思う。


乗れない電車に不安を抱えながら乗って、
苦手でしかたない人ごみの中を突き進んで、3時間半。
前の日の夕方からきりきりと胃は痛んでいた。
久しぶりの痛み、神経性の胃炎の痛み。
せめてそんなそぶりは表に見せずに痛みに耐えながら今日を過ごしたかった。
何度か弱音を吐きながら
うまれてから二度目の喪服に袖を通して
相変わらず。奇妙に似合いすぎるその服を着た自分を憎らしく見つめながら


駅からお寺にゆく川べりを歩きながら、たんぽぽの花を見つけた。


黄色い、たんぽぽ。
地面から生えた、おひさま。
力強い根っこ。

そらの遠くまで飛んでゆく、そのふあふあの種。


何年ぶりかであたしは自分の手で生きている草を摘んだ。



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読経の声。

お焼香のけむり。

吹き抜けていく、風。

ぎこちなくお辞儀をしながらあたしは思う。
今日が晴れていてよかった。

こんなにも青い空で、よかった。



墓石に刻まれた誰よりも、あなたは若かった。
そしてあなたは
石の下に行った。
あたしが抱えられるほど小さくなってしまったあなたは
そのぽっかりとした空間の中で
ひとりぼっちだった。
目に痛いように青みをおびて白い、骨壷のなかで。



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ただ、見届けたかった。
ぜんぶを。

残された、あなたにまつわる数少ないことの、すべてを。



立派な菊の仏花のあいだにあたしが摘んだたんぽぽをそっと挿した。
屋久島から持って帰ってきた水をつぎたして、

あなたがその場所に行ったことがあるかどうか、あたしは知りもしなかったけど。



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重たい蓋のされたこの大きな大きなお墓のなかであなたがひとりでいるのかと思うと
胸がぐしゃりとかたちを変えてしまうような気がした
生きているあなたをおぼえている、この胸が。


だから、あたしは笑おう


あたしのかけらをあなたの白い骨の隣に置いてきたことを
忘れないように

あなたの白い骨ばかりが、あなたのすべてじゃないことを
忘れないように


軽くスキップをした。



帰ろう。

ここから帰ろう。



まっさおなこの空の下、ここから帰ろう。

今のあたしにできるだけの、強い足取りで、できるだけ強いまなざしで、


あなたを連れて、帰ろう。




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2002年5月27日(月)、追記  まなほ



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