『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年05月24日(金) 夏草の線路。

家においてもらうために働きに行くこと。
誰かを安心させるために通院を続けること。
薬をのむためにごはんを食べること。

なんだかいろいろなことの立場が逆転していく。

自分の(精神の)病気の名前は知らない。
なぜなら聞かなかったから。
最初の日、いわゆる神経症みたいなもの、とお医者は言って
抗鬱剤をくれた。おとといまた増えた。

病気のカテゴリーなんてよくわからない。勉強したけどね。
名前なんて意味はないかも知れない。勉強したからね。


たとえばあたしのなかをのぞいてみる。
そこには、希死念慮、というやつがいる。
死ぬことを望むの。そのまんまだね。
教科書にはたくさん載っている言葉で
テストに出たら間違いなく書き込める答え。

だけど、いざ「その思い」をじぶんのなかに見たとき、あたしは思っちゃった。


「それって、どれくらいまで膨れ上がればそう呼べるの?」


・・・わからない。


いくら勉強してもいくらひとのことばの裏側を感じ取れるようになっても
どんなに文献を読んでも、そのことは、よく、わからなかった。
自分の内側のこと。自分のコンディションのこと。
自分が何処まで「風変わりな女の子」で、どれだけ「病気に支配された女の子」なのか。



いつか。

20分以上電車に乗っていると

目の前がやけに白黒になった。黄色くなった。

ぜんぶのおととにほんごがみんなただのひとしいざつおんになって
あたしをなぐりつけにやってきたのみんなあしなみをそろえてあっというまに
あたしのいぶくろをいっぱいにしてのどもとまでぎゅうづめになって
はいりそこなったやつらはみみのあなだの髪の毛の毛穴だのからこぼれおちて
それでもまだすきまにわりこもうと大量生産される音はいつまでも降って

あたしはいっぱい、
もういっぱい、
乗車率は200%
もうだれもここに踏み込んでこないであたしを

「あたしを犯さないで。」

なのに駆け込んでくる、次から次へと音が生まれて言葉が生まれて
大事なものと大事じゃないものとの境目がつかなくなって全部が全部
あたしのなかに流れ込んできてあたしをレイプする。

あたしは吐き出したい。

何でもいいから。
ゴム風船をくるりと裏返すみたいにあたしの体をくるりとむいて裏返して
中に詰まっている食べ物の残骸とか血とか汚れた皮膚を作っているやつらとか
とうめいな水以外のものを吐き出したかった。

こんなの、いらない。
ぜんぶ、いらない。

きみもいらない、そう思うことさえある。
乗車率200%はまったく殺人的なのだ。


酸欠になった金魚みたく、ぱくぱくとそらをみた。

当然だけど、そこにそらはなかった。

濁った牛乳色をした天井しかない。プロセスチーズみたい。雪印のスライス。

あとは吊広告。派手な活字。

水面は何処になるんだろうとばくぜんと思う。

(わからない。)



ドアはなかなか、開かない。



誰も居ないホームと歩道橋には近づかない方がいいと思う。
飛び込むと飛び降りるとどっちか。
あたしは空が好きだから、ほんとうは、たぶん
空を飛びたいんだ。腕から血を流すんじゃなくて。

でもいくら待っても背中に翼は生えてくれない。

黄色い線よりも一方後ろに下がって轟音が通り過ぎるのを耐える習慣はいつからついたの。

(わからない)


駅の構内アナウンスがうるさい。
昼休みに流れる礼拝の時間を知らせる賛美歌がうるさい。
東京なんて、こんな、雑音だらけで頭蓋骨に穴があきそうなのに。
(あけたことないけど。)
なんでみんな東京とか東京大学とか東京電話とかに行きたがるんだろ。

(わからない。)


それくらいに鈍感な話しかあたしにはできないのに、お医者は、
あたしがへろへろ診察室の黒い丸椅子に座るたびに聞くのだった。


「その後、どうでしたか調子は。」


(・・・・・わからない。)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



あいかわらず、背中につばさはちっとも生えてきてくれない。
待ってるのに。
こんなに、待ってるのに。


窓を開けて耳を澄ましたら電車の音がちいさくちいさくきこえた。
遠くから伝わってくる電車の走る音はとても低くてやわらかくてなつかしい。
おふとんにもぐって聞いていた音とおんなじ。
最終電車あたりかな。
古くなった枕木をかぞえながら一歩一歩歩いていく。
線路が終わるまでずっとあるいていく。あるいは
こないはずの列車があたしの背中に迫るまで、ひとつひとつ枕木をかぞえて
スキップをする。緑の草の生い茂った地面。


なにもわからないあたし。

だけどこれだけはよくわかるよ。



「今日もまた、あのやわらかいものと、ひとつになりそこねた。」


このことだけは。




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