みちる草紙

2005年03月18日(金) ママ、僕きらい?

さっきYahooで、森村誠一原作 “人間の証明” の動画をダウンロードし鑑賞した。

『お母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね』 のフレーズで有名な作品である。

『ママ、僕がそんなに憎いかい?』
ニューヨークのスラム街から、母を慕って日本にやってきた混血児のジョニーは
ファッションデザイナーとして絶頂にある、他ならぬ自らの母親に疎まれ殺される。
母親は、生甲斐にしていたドラ息子も恥の子であるジョニーも、ともに失うことになる。

CGだらけ&言葉狩りで毒消し済みの新作を観るくらいなら、やはり昔の映画が良い。
70年代の映画だから中途半端な古さではあるが、まだ日本人が無闇な明るさよりも
ペーソスを愛し、貧困からの脱却を旨としていた頃を題材に作られたものであり
しみじみ訴えかける憂愁感が全編に行きわたっている。
何よりも役者が、今どきのような容姿重視の大根揃いでないので、台詞回しもいい。

子供の頃、テレビドラマで親と一緒に見た記憶があるが、ストーリーは理解していなかった。
混血の息子のあの印象的な台詞だけは、繰り返し耳にしたのでよく覚えている。
このダイイングメッセージのような言葉の主はどうなったというのだろう?
麦藁帽子が一体どうしたというのだろう?
あの時は確か、母が観ながらほろほろ泣いていたっけ。Mama, do you remember?

殺されたジョニーが黒人米兵との間に生まれた子で、その母親に暴行したのが
今回捜査に協力したアメリカ人刑事で、そのレイプ刑事は尚且つその時
日本から来た刑事の父親をもなぶり殺していた、という、極めて因果な設定。
そんな出来すぎた因縁があるかい!という点はまぁおくとしても
真珠湾攻撃についてのアメリカ人の心象や、日本での進駐軍の描かれ方などから
当時既に戦後30年を経ていながら、まだまだ戦時中の想い出が風化しておらず
少なくとも日本人とアメリカ人とが互いに抱く感情には、現在との微妙な隔たりがある。

常日頃思うのは、自分の親に殺される子供ほど不幸な存在はない、ということである。
誘拐殺人も痛ましいが、子供にしてみれば、親に命を奪われるよりはマシだとさえ思う。
また、親や子を目の前で殺される以上に残酷な仕打ちもまた、ないであろうと。
そのどちらも盛り込まれたこの作品は、やり切れないほど重く哀しい物語と言える。

途中、俳優陣の顔ぶれを見ていて、豪華キャストながら故人の多さに改めて驚かされた。
三船敏郎、鶴田浩二、ハナ肇、伴淳三郎、深作欣二、そして松田優作。
今では白髪の目立つ岩城滉一や皺だらけの竹下景子が、まだあんなにあどけないもの。
30年近く経つんだから、無理もないが…。


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