昼から雨に見舞われ、汗ばむほどに蒸し暑い夕暮れの新宿。 会社の後輩からの誘いで待ち合わせ、1年ぶりに飲んで話し込んだ。
優しい性格でよく気がつき仕事も出来て、心から可愛く思っていたサトちゃん。 アタシが面接して採用した派遣社員だったが、働きぶりを見込んで正社員に登用したのに 途中で兄弟会社に引き抜かれ、階上のオフィスに去って行った(社長のバカ)。 久々に会ってみると、以前に比べ垢抜けており、少々派手になっていた。
「(言われる前に言う)アタシすごい太って。今、仕事のストレス全然ないからね」 『いや全然。私の方こそ… 足、もう大丈夫ですか?』 「うん、1年近く経つしね。今日みたいな天気の日はちょっと疼くけど」
聞けば、アタシの後任者は大した食わせ者らしい。
『みんな酷い目に遭ってます。早く戻ってきて欲しくて』 「う… う〜ん…」 『S本さん、この頃タバコ吸うようになったんですよ。あの女のストレスで』 「へえ?優秀なS本さんにまで喧嘩売ってんの?どっからくる自信なんだろね」 『間違いを絶対認めないで、食ってかかってくるんですよ』 「社長は…そういうの知らないんでしょ?」 『はい、そりゃ全然態度を変えますから。でも私たちの間で評判は最悪です』
皆の困りようは分かるが、聞けば聞くほど復帰したくなくなる話の内容。 ストレスから解き放たれ、こんなに精神の安らぎを取り戻したというのに今更。 あの魘されるほど大量の義務に翻弄される日々が、またこの身に襲いかかるなんて…。 それこそ、やっと治った足の傷にさわるじゃないか。
サトちゃんはものすごく飲んだ。相当な鬱憤のようである。
最近では、会社のことを思い出すのは、株主総会開催通知が届く時だけ。 と言っても書面上での開催だから、議案の賛意にマルを記入し返送して終り。 例え辞めても、あの会社とはこうして、(小口)株主としての腐れ縁が続くのだ。
駅で別れる際、雨は止んでいたが、街には霧がたちこめて灯りが煙っていた。 まるでお互いの心模様のようだったね、サトちゃん。
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