みちる草紙

2004年12月19日(日) NOと言うべき日本人

ついさっき友人を送り出したと思ったら、間もなく当人から電話がかかってきた。
『めー?今、品川駅なんだけど…』
声をボソボソ潜ませているので、忘れものでもしたのかと思ったが、違った。

彼が言うには、キャスター付きバッグを片手にホームで電車を待っていたら
中東系の外国人が近づいてきて、火を貸してくれと言うので何気なく応じたのだそうだ。
するとその中東人は何を思ったかカメラを取り出し、一緒に写真を撮らせて欲しいと言う。
不審に思った友人が
『は?何?俺に写真を撮って欲しいのか?』
と訊ねると、いや、あなたと一緒に撮りたいのだと、その男はやはり奇妙な依頼を繰り返す。
そんなやり取りをしているところへ今度は黒人の大男が現れ、これもライターを貸せとくる。
直感的に怪しいと感じた瞬間、その二人が素早く目配せを交わしたのを見逃さず
『NO!NO!分からない!』
と強く拒否すると、二人組は早足でその場を離れ、柱の陰から様子を窺っている。
友人は電話で通報するふりをして、取りあえずアタシにかけたのだそうだ。

『変だろう?相手は外人だから、なんか気味が悪くてなぁ』
「火を貸したくらいで何のために写真なんか撮らせてやんなきゃなんないのよ。
 それ絶対怪しい!駅のホームで外国人スリ集団に囲まれて財布取られたとかいう記事を
 さっき読んだばっかりよ。そういう類のやつらじゃないの?何も盗られなかった?」

アタシが興奮してまくし立てている間に電車の発車時刻になったので、彼は一旦切ったが
しばらくして、車内からメールが届いた。
車掌室の隣の車両に乗り込むと、二人組は彼の前を過ぎてグリーン車を駆け抜けて行った。
切符の改札に来た車掌に『怪しい外国人がいるのでマークしてくれ』と告げると
車掌は車内を一巡し、それらしい連中が乗車していないことを確認してくれたと言う。

やつらがただでは起きず、しくじった腹癒せに車両に爆弾をしかけないとも限らない、
目的地に着くまでは、決して油断しないように、
駅に着いたら、改めて駅員室と交番に寄り、情報提供をしておくべきだ、
用心のため自宅までタクシーを使うか、何ならお巡りさんに送ってもらうかするように、
…云々と書き送る。

二人の外国人が時間差で現れては、代わる代わるにライターを借りる行為も不自然なら
その上、ホームで会っただけの人間に写真まで撮らせろとは、益々もって不可解である。
だが、その写真は一体何のためなのか?それは単なる小道具なのか。

きっと彼がカメラを受け取ろうと手を放した隙に、バッグをかっ攫う算段だろうな。
持ち物をガメてカードや身分証明書類を悪用する際、万一怪しまれた場合に備えて
仲よさげに撮った写真を予め用意し、さも親しい知人に託されたかの如く偽装するつもりか。
ビザが切れてカネに困った不法滞在の素人か、窃盗常習の組織かは不明だけれども
連携シナリオのお粗末さ加減からすると、前者のように思える。
捜査の手が回る前に首尾よく運べば、住民票のない彼等は、容易く雲隠れ出来る。

連中も今日のところは一旦出直すかも知れないが、いつまた別の被害者が出ることだろう。
第一、相手が外国の二人組というのが不気味だ。どんな武器を持っているか知れたものか。
うかうか乗せられて眠らされイラクに拉致られ、アルカイダの人質になんかなっちゃったら…
そもそも写真というのも、誘拐ターゲットを仲間に認識させる資料かも知れないではないか。
世間知らずな日本人の想像に限界があっても、どんな可能性だって否定出来ない気がする。

さまざまの思いがよぎる中、彼の母親に電話をし、ことの次第をおおまかに伝えた。
大体1時頃にはそちらに着くと思うが、遅くなるようなら確認の電話をしてみて欲しい、
本人にも、駅に着いたら念のためお母さんに電話を入れるよう言っておくから、と。
何と言ってもこちらは、友人が無事に帰宅するまでは安心できない。
よもや刺されはすまいか、電車がテロに遭ったなんて速報が出はすまいかと…。

『起きてた?』
日付が変わった頃、友人から、無事駅に到着したと電話が入りホッとする。

「良かったねぇ〜!お母さんに電話した?駅員さんに言った?交番には寄った?」
『いやまだ。車掌さんがちょうどここまでの乗務だったみたいで、業務日誌で報告を
 上げておくと言ってた。スリか置き引きだろうって。今多いそうだよ、そういうの。
 駅によくいる日本人の集団置き引きだったら、栄養失調みたいなのばっかりだから
 怒鳴りつけたら逃げてくような手合いだけど、外人は身体もデカイし、怖いよ』
「電車が爆破されたらどうしようかと、もう気が気じゃなかったわよ」
『まさか、そんなこと出来るようなやつらでもないだろ』

友人は、ひとまず災禍が過ぎ去ったもんで、余裕を見せて呑気なことを言う。
アタシも、今回のは精々こそ泥レベルだろうとは思うのだが
どの程度の悪党だか、真相は捕まえてみないと分からないのである。

「これは駅員だけじゃなくて警察に言わないとだめよ。鉄道警察隊?とか居る訳でしょう。
 警備を厳重に強化してもらわなきゃ!」
『警察に電話するのは明日にするよ。夜中は警備だって手薄だろうから』
「そんなことないわよ。終電なんか特にスリや酔っ払いが多いじゃない」
『ああ、それもそうだな』
「二人組の人相や身体的特徴をこと細かに告げてさ。アタシが一緒に居たんなら
 似顔絵でも描いて出してやるんだけど。警察だってめくら滅法に巡回するよりは
 手がかりを頭に入れておけばアタリつけて見張りやすいだろうし。早い方がいいよ」
『うんそうだね、すぐ品川駅の所轄の警察署を調べて電話するよ』

外国人による犯罪が増えたのは知っていても、知人が実際こういう出来事に遭遇した
というのは衝撃であった。テレビや新聞で見聞きする物騒な事件が、急に身近になった訳だ。
一般に、日本人は楽観的で危機意識が薄く、海千山千の外国人に狙われやすいらしい。
とは言え、ここは海外ではなく日本本土。もはやその事実さえピンとこなくなってくる。
友人は用心深い性質で、運よく難を逃れたが、何とも危ない体験をしたものである。


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