カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 「なんだったろ」そう、呟いた

=「なんだったろ」そう、呟いた=

ボクは「猫を抱いて眠れば寒くないから」そういって、女の子をダブルベッドに眠らせる。「パジャマに」と、彼女のスウェットの上下を持って部屋にはいると、女の子はもうスヤスヤと寝息を立てている。もちろん猫は女の子の横で丸くなっている。そうやって、ボクは女の子と猫が不釣り合いなほど大きいダブルのベッドで眠るのを見た。ここに、彼女とボクは眠っているんだ、そう考えたときに不思議な気分になった。誰かが遠くからこのベッドを覗いたときに、もう、何年も昔に使っていたボクと彼女の幻像を女の子の上に見るんではないか。「朝早くにアルバイトに行くので、起きたらシャワーでも何でも使ってください。ご飯は冷凍庫に入っている冷凍食品でも解凍して食べてください。一応鍵を玄関の棚の上に置いておきます。多分、三時頃には帰ります」手紙を残して、部屋を出た。
電気を消して、ソファーに横になった。窓のカーテンを開けたままにする。夜の光は目一杯入ってきている。ボクは、自分が女の子と同じくらいだったときの事を考えた。
彼女の三人前の女の子だ。その頃僕は、例えば、線が細く白くて顔の綺麗な子が好みだったし、寒い朝方学校へ自転車を飛ばして見る、タバコを不味そうに吸う女子大生が好きだった。ただ、僕はその女の子と三年近く“付き合っていた”付き合っていた。のだろう、良い友達だった。クリスマスの少し前のことだったっけ。イルミネーションの綺麗な公園を見に行きたい、そういってその子を自転車に乗せて走っていた。公園を見て、公園を過ぎて、海沿いの公園へと出た。公園には誰もいなくて、ただっ広くて閑散と海がそこにあった。どうしたろ、確か、少しだけ突き出てる堤防へと柵を乗り越えた。そこで僕はタバコを吸い、その子は飛び込む真似をして笑っていた。吐き出した煙は、すぐ霧散する。いや、そうだ、少しもやのかかった夜だったんだ。海は、イルミネーションより何より好きだった。もちろん、その女の子よりも海の方が好きだった。のっぺりと見ていると、僕は海に倒れ込みたくなる。叫び出したくなる。「叫びたいわ」「ふーん、叫べば?」「無理」「なんで?」「それは、僕が一人だからだ。海! めっちゃおまえのことが好きやねん! タバコの吸い殻を投げ捨てるけど、好きだぞ! 唾を吐き捨てるけど、ホントに好きだぞ」「変な人ー」安心、してたんだろうな。付き合ってしまえば、僕はその子と結婚するんだろうな。しなくても、五年以上は付き合ってしまうんだろうな、と気付いていた。だから、僕は友達でいた。もし付き合ってしまったら、帰るべき場所、我が家が決まってしまう。そうなることで、僕には帰るべき場所が無くなってしまう。寝転がり、雲のかかった空を見つめながら、それを言おうか言わまいか迷っていた。結局、僕たちはそのまま時間切れのように帰っていった。「あー、ワタシ、このままあそこで寝てられたわ」「そう。うんじゃ、置いてきゃ良かった」「うん。うんじゃ、警察呼ぶよ」「へ?」「『変な人にお金取られて置いてかれました』って」ふぅ。もう一度公園を通って、自転車にのって帰った。あのときその子は僕の鞄の端っこを握っていた。もっと前に塾の先輩とデートしたときも、その先輩はそこを握っていた。自転車に乗せて、その女の子の頭が背中にもたれかかっているとき、ずっと僕は、例え僕が大人っぽい振る舞いをしたとしても、それはアンバランスなんだろうな、ってことを考えていた。そして、その子をバス停のそばで降ろした後、一人で自転車を漕ぐ僕は、月にかかっていた雲が晴れたのと、一人でのるオンボロ自転車はやけに音が鳴ることに気付いていた。
そう言う話。
時計の針はいつの間にか深夜二時を回っている。明日は五時に起きなければいけない。甘くハチミツを入れたホットミルクが飲みたくなったけれど、ボクは眠る。布団を身体にかぶせ、枕に頭を埋めて眠る。なんだったろ、ボクの青春。そして、おやすみ。その日に。

2004年12月19日(日)
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