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『さらば深川 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理 (文春文庫) - 2007年09月21日(金)


宇江佐 真理 / 文藝春秋(2003/04)
Amazonランキング:54326位
Amazonおすすめ度:
舞台が急変していく3作目



<読者が伊三次とお文との“サポーター宣言”をしたくなる憩いの1冊>

前作『紫紺のつばめ』が“すれ違い”がテーマならば本作は“修復と訣別”がテーマと言えそうだ。

最初の“修復”は伊三次とお文、伊三次と不破との修復だと言える。
これに関してはほぼ順調に物語が推移するといってよいだろう。
既存の登場人物の過去におけるいきさつ、あるいは普段では見れない姿の発見などなどをまじえて。

冒頭の「因果堀」では増蔵の意外な過去が浮き彫りにされる。
本編においても新たな登場人物として掏りの直次郎が登場する。
作者の巧みなところは最初は違和感を与えつつも、次第に物語の中に溶け込ませていく点である。
そうすることにより、全体的に“伊三次ファミリー”を構築しているように見受けられる。
読者がより幸せな気分に浸れるような読書が出来るように作者も余念がないといっていいのであろう。

次の「ただ遠い空」ではちょっとわけあり女中のおこなが登場。弥八との祝言を控え、やめざるをえなくて気が気でないおみつの姿が微笑ましい。

「竹とんぼ、ひらりと飛べ」ではお文の実母らしい人が登場。
しかしお文は自分の素性を知らそうとしないのである。
気性が強いようだけど女らしくて可愛らしい点をあらためて読者に知らしめてくれた。

「護持院ヶ原」は作者もあとがきで語っているように異色の1編といえよう。
少しホラー色を交えて趣向を変えている。まるで男性作家が書いた作品のようだ。
不破の男らしさに意外な一面を見たと感じられた方も多いんじゃないであろうか。

なにはともあれ表題作「さらば深川」のインパクトが凄い。

逆に表題作のインパクトが強すぎて、あらゆる意味合いにおいて布石となるべき他編がかすんで見えるという捉え方もあるのかなと思ったりした。
少し、私自身が伊三次とお文の心の動きにとらわれ過ぎて読んでいるきらいがあるのかもしれないなと反省している。

ここでの伊勢屋のやり口はひどいのひとことに尽きる。
まるで“悪の象徴”として伊勢屋を取り上げ、伊三次の“澄み切った正義感”と対比させて女性読者に男性の選び方を伝授しているようにも見受けれるのである(笑)

それほど、伊勢屋の陰湿さは際立っており、読者にとっては伊三次とお文との幸せを願わずにいられなくなる。

読み終えて文庫本の表紙を見ると、伊三次が火事場からお文を助け出すシーンが描かれている。このシーンは読者の脳裡に焼きついて離れない。
三味線(これは亡き母からもらったものですね)を抱えてお文を連れ出す伊三次。
そう2人にあらためてもう失うべきものはない。
あとは幸せをつかむのみなのである。
たとえ波乱万丈の明日が待ち受けていたとしても。

“揺れる女心”という言葉があるが、それほどでもなかったのかな(笑)
裏を返せば、誠実に生きていれば良いことが転がってくるということであろう。
まるで作者が、“正義はいつの時代も勝つという信念を持って生きなさい”と読者に教えてくれているようである。

深川から“訣別”した伊三次とお文、だけど読者はこの2人と訣別することはないのである。

面白い(8)



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