『初恋温泉』 吉田修一 (集英社) - 2006年08月18日(金) <吉田作品は温泉につかる以上に効能効果があると感じる1冊> いや〜、本当に巧いな吉田修一。 男女の機微や心のすれ違い、人間に潜む本質的な部分を語らせたら第一人者と言って過言ではないであろう。 たしかに、他の作家のようなメッセージ性は薄いかもしれないが、それが吉田作品のスタイルでもあるのだと思う。 吉田作品の特徴は、読んでいて“わかるわかるこの気持ち!”というように読者を必ず納得させてくれる部分。 平易でさりげない文章の中にも現代人の持つ倦怠感や不安な心理状態を鋭くあぶり出している。 本作は全国各地の温泉を舞台としている5編からなる短編集。 それぞれ5組のカップルが登場するがそれぞれの姿が実にバラエティに富んでいる。 離婚を言い出された夫とその妻、これから結婚する予定のおしゃべりカップル、不倫のカップル、喧嘩した夫婦のカップル、高校生のカップルなどなど。 本当にいろんな恋がありますよね。 日本人にとってお風呂に入るという行為は日常的である。 日常的であるがゆえに、普段と違う特殊なお風呂=温泉につかるということで目の前に普段ある現実を冷静に見つめなおす機会を描いている本作。 本作で特に秀逸なのは、温泉に来ている現在に過去の回想部分の見事な織り交ぜ方。 たとえば「ためらいの湯」なんか不倫している方に是非お読みいただきたい。 これは結構、ズシンとくるはずである(笑) 5編ともいずれもそれぞれアプローチの仕方は違っているが、根本的には“結婚の意義”を読者に問いかけている。 もっとも印象的なのはラストの「純情温泉」。 この高校生カップルの初々しさと切なさは読者にとってたまらない。 あっ、それと父親の行動のリアルさと滑稽さも(これは読んでのお楽しみ) 女の子の方は兄に離婚の危機が起り(前述した結婚の意義がきちんと描かれている)、少し憂鬱な心境である。 男の子の方の性欲を押さえきれずに突き進もうとする姿との対比の描写が私には“名人芸”のように感じた。 読後、この主人公の2人(結婚するかどうかはわからないが)が、冒頭の表題作「初恋温泉」の2人のようにならないことを祈ったのははたして私だけであろうか? 全体を通して、吉田さん得意の少し曖昧な終わり方も奥行きが深くって余韻を感じ、他作以上に読後吉田さんからバトンを手渡されたと感じたのである。 あなたもくつろぎつつも自分に近い心境のものや、懐かしいあの頃を思い起こしてください。 本作には北は東北から南は九州までの温泉が登場します。 一番喜んでいるのは、取り上げられた各地温泉スポットの方々かもしれないな。 本作は温泉に浸かって疲れが取れるが如く効能効果が高い安心して読める完成度の高い短編集です。 個人的には、初めて吉田作品を手に取られたい方には本作をオススメしたと思う。 なぜなら全体を漂う“女性の現実的な姿”を学び取れたからだ。 私はタイトルを“吉田温泉”に変更して欲しいなと思う。 最大限の賛辞の言葉のつもりである。 オススメ(9) この作品は私が主催している第6回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2007年2月28日迄) ...
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