『俯いていたつもりはない』 永井するみ (光文社) - 2004年11月06日(土)
久々に永井さんの作品を読んだけど巷の予想通り(?)やはり評価の分かれる作品といえそうです。 個人的には恋愛小説として読めばなかなかのもの、ミステリーとして読めば少し物足りないと思った。 主人公の緋沙子のようにたとえ報われないと分かっていても、いつまでも愛する人との純愛を育んで生きている姿は共感を呼びました。 個人的には決して永井さんのいい読者ではないが、最近の作品より過去の作品の方が良かったという声をよく耳にする。 元来筆力の高い方だから周囲の期待も大きいのだろうか? 物語は一応、殺された凛子の理由と誰が殺したかの2点が焦点となって進んでいくのであるが、前者は永井さんにしてやられたという感じで収束し、後者は少しあっけなかったかなという感じであった。 著者の得意分野でもある社会派部分(キッズスクールのあり方、あるいは事故後のマスコミの報道の仕方など)は本当にリアルである。 幼児がいらっしゃる女性が読まれたら身につまされるかもしれませんね。 あと、周平と希央の子供のロマンスが微笑ましかったのも付け加えておきたい。 子供の視点からの世界、ハッという描写にゾクッとさせれらた方も多いんじゃないかな。 ミステリー的にはもうひとひねりあっても良かったのかとも思うが、ほとんど登場しない(といっていいんだろうね)知らぬ内に、凛子の存在感というか固定イメージが読者の中に出来上がっていたのは著者の人物造形の確かさと言えるだろう。 少し余談であるが、果たして緋沙子と凛子のどちらの立場の方が苦しいのだろうか? どちらもひたむきに生きているのには違いない。 女性読者に聞いてみたいと思う(笑) でも私なりには男性読者の方が共感出来る作品だろうと思ったりしている。 なぜなら亡き妻の命日に内緒で墓参りする高柳氏に対して、強烈に嫉妬した後妻の凛子とかつての恋人の緋沙子。 とっても素敵な女性2人に愛された高柳氏。 この2人の愛情には打算のかけらもない。 男性読者ならきっと高柳氏にジェラシーを強く感じるに違いない。 ジェラシーを強く感じる要因は2人の女性の魅力につきる。 男性読者の大部分は凛子に対するイメージがいい意味で読み始め部分から違ってたので胸をなでおろして本を閉じられた方も多いことだと思う。 少し儚い作品かもしれないが、儚さも人生においては美しいと思う。 健気に生きている彼女たちから吸収すべき点はとっても多い。 純愛小説として読まれた方はきっと満足して本を閉じたことであろう。 少し人生に冷めた読者には恋愛にとどまらず、大切な何かを思い起こさせてくれる1冊となり得る力を本作は持っているということは強く感じた・・・ 評価 8点 2004年99冊目 ...
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