『出口のない海』 横山秀夫 (講談社) - 2004年10月12日(火)
近年、現代小説の申し子的な感じで警察小説を中心に精力的に執筆活動を続けている氏の原点とも言える作品である。 形の上ではリライトされてるので新境地開拓の作品と捉えることも出来よう。 警察小説のように熱い心の葛藤はみられないが、戦争小説としても青春小説としても楽しめる点はさすがだと言える。 重厚感という点では少し弱いかもしれないが、日本で一番人気のあるスポーツである野球と戦争当時の世相を上手くミックスして練られて書かれている点は見逃せない。 主人公の並木は甲子園優勝投手であるが大学入学後に肘を故障。 しかしながら魔球=新しい変化球の完成を夢見て頑張るのであるが、情勢は学徒出陣へとなっていくのである・・・ いくつかの感動シーンが用意されている。 最後の帰郷で美奈子に別れを告げずに汽車が出るシーン 美奈子がいた。ホームにいた。走っている。一つ一つ車両の窓を覗き込みながら、美奈子が転げるように走っている。 横山さんの反戦的なメッセージが主人公に込められている。 少し断片的なきらいがあるのはこの枚数では仕方ないか。 克明な描写は他の作家にまかせておくべきなのかな(笑) しかしながら、人間魚雷回天の出撃場面は本当に手に汗握るシーンである。 私たち日本人が今あるのは彼らの並々ならぬ愛国心や家族を思う気持ちのおかげである。 読んだあとネットで回天のサイトを検索して少しだけだが勉強した。 遅ればせながら心からご冥福を祈りたい。 この作品における美奈子の存在は非常に大きい。 彼女の孫が最後に喫茶ボレロにて登場するシーンは微笑ましかった。 逆に対峙的な存在である北の描き方が少し物足りなかったような気がする。 皮肉な意見かもしれませんが、警察物の2時間ドラマや映画より本作のような作品を映画化(ドラマ化)していただけたらと個人的には思ったりしております。 巧いなあと思ったラスト近くの描写を引用したく思います。 半開きになったカーテンの向こうに小型テレビの画面が覗いていた。衛星放送のニュース番組だろうか、大リーグで活躍する日本人選手の姿が大写しになっていた。背番号「55」が躍動している。敵国だったあのアメリカに日本人が渡り、そこで伸び伸びと野球をしている。やはり途方もない時間が流れたのだ。 私も含めて、横山さんの読者の大部分は戦争を知らない。 でも昔教科書で習ったり、あるいは映画で見たりして得た知識よりは少なくとも胸に焼きついて本を閉じたことは間違いない・・・ 戦争って本当に悲惨であった。 本作は戦争を知らない横山さんが戦争を知らない読者に送る大いなるメッセージである。 評価8点 2004年92冊目 ...
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