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『送り火』 重松清 文藝春秋 - 2003年11月19日(水)

“重松さんお帰りなさい!”と声を大にして叫びたい作品だ。
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まるで阪神ファンが死のロードから帰ってきた選手を甲子園で迎えるような感じで読める本です。
それも今年のように強くなった阪神ですわ(笑)
少なくとも半分以上の作品を読まれた方はそう感じられた方が多いんじゃないかなあと思います。

内容的には私鉄“富士見沿線”に住み人々の悲喜こもごもを描いた9篇からなる短篇集です。
リストラされた無職男、落ち目のフリーライター・・・
特に電車通勤されてる方には愛着が湧いてオススメと言えそうですね。

読後“他人の気持ちが少しでもわかったような気分にさせられる”のが重松作品の凄さであるが、本作を読めば重松さんも年齢を重ねるごとに表現力が増し、意図的なものも含めて少しづつであるが作風も変わってきてるような気がする。

初期の重松さんの短篇作品は主題に重きを置いてたような気がするが、本作では題材のバリエーションが増したためにプロットでもかなり楽しめる内容となっている。
そこで帯の“著者初のアーバン・ホラー作品集”に敢えて苦言を呈したく思う。
都会に住む人の日常考えられる苦楽を読者に暖かいまなざしで提供してくれている内容を考慮すれば個人的にはつけて欲しくなかった宣伝文句である。
まあ、出版社の意図だとは思いますが・・・

少し重松節を引用しますね。
“意外とプレッシャーに弱いひとなんだなあ、と絵理子はあきれて歩美を抱いた。女性にマタニティブルーがあるように、ローンを背負ってマイホームをかまえた男性にも、「大黒柱ブルー」とでも呼ぶものがあるのかもしれない。”「漂流記」より

重松作品を読む楽しさは、他のどの作家の作品を読むよりも読んでいる時に他の読者がどのように感じているだろうかということが非常に興味深い点である。
100人が読めば100通りの感じ方があるとわかりつつ、年齢・性別を超えてそれぞれの感性を磨く時間を共有できるのは嬉しい限りである。

感動的な点からいえば重松さんの代表的短篇の『小さき者へ』の「海まで」や『ビタミンF』の「セッちゃん」、あるいは『日曜日の夕刊』の「後藤を待ちながら」のような作品よりは劣るかもしれません。
ただ、読みやすさやというか、“隣の家庭(本作で言えば私鉄沿線に住む人々)を気軽に垣間見て、人生の喜びや悲しみを共感出来る”点においては本作の方が深みがあっていいのかもしれませんね。
個人的にベストの作品を選べといえばやはり一番感動的な「かげぜん」でしょうか。

重松さんの作品の芝生は決して青くありません。
青くないがゆえに読み終えた後、庶民にささやかな夢を持って生きることの大切さを再認識させてくれるのでしょう。

『疾走』『哀愁的東京』『お父さん、エラい!』・・・さらには『愛妻日記』(12月発売予定)
今年はいろんな意味でターニングポイントとなった年だったと思います。
重松さんにとっても、読者にとっても・・・
個人的には“餅屋は餅屋”という言葉もあるとおり、本作のような家族小説が安心して読めて一番好きですが、ファンの一人として作風を広げようとしてる重松さんに読者も暖かいまなざしで見守って行きたく思ってやみません。
きっと“家族小説作家”から“広い意味の“庶民小説作家”に転身して行こうとしてるのだと思います。

どんなジャンルの作品であれ、身につまされる話を書かせれば彼の右に出るものはいないと思ってますので・・

評価9点。オススメ




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