『黒く塗れ 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理 文藝春秋 - 2003年09月22日(月) 『さんだらぼっち』に続く待望の髪結いシリーズの第5弾です。 《bk1へ》 《Amazonへ》 まず読後の総括から始めたい。 今までのようにじれったい恋を楽しむ事は出来なくなりましたが、本作では待望の子供が誕生して読者も本当に自分の家族がひとり増えたような気分になっちゃいます。 2人の結びつきがより強いものとなったことを素直に喜び、この先も波乱万丈な人生を歩むであろう2人の長男伊与太の幸せを願わずにいられない。 ただ、残念なのが1冊読むのがかなり前回読んだ時から記憶がなくなってる部分も多いので、ちょっと登場人物(主として脇役)に対する認識がわかりづらくなってる感じがしました。そこが改善できればもっと物語に入って行きやすくなるのでしょうが、現実的には1巻目から続けて再読する以外に方法はありませんね(笑) 今回はいつもよりも登場人物が多く(オールスターキャストと言って良さそうです)、今までのシリーズにおけるいきさつを理解していなくちゃわかりづらいと思います。 ここから少し内容に触れます。 全6編からなりますが今回は引越しはありません。最初から最後まで一緒に2人は住みます(笑) 最初の「蓮華往生」では不破の友人(?)の緑川とお文の知り合いの深川芸者の喜久壽が登場します。 本妻のいる緑川と喜久壽との関係はどうなるのでしょうか?ちょっとミステリー仕立ての作品となってます。 お文と伊三次の会話も面白いですが不破夫婦の会話も本シリーズの売り物なんでしょうね(笑) 本編にて無事に伊三次より先立って2人目の子供(茜)が生まれます。めでたしめでたし。 次の「畏れ入谷の」では出産を控えてるにもかかわらずお座敷でお文が大活躍します。 お文の言葉で改心する武士の人情話にホロリとさせられます。 あと、不破の長男の龍之介の純真無垢な気質も前作に引き続いて印象に残りました。 3編目の「夢おぼろ」にも龍之介が登場します。彼の剣術の先生である美雨に想いを寄せる監物の切ない恋を描いています。 富札を当ててプレゼントを贈るのですが、果たして上手くゆくのでしょうか? 次の「月に霞はどでごんす」ではいよいよ出産間近となるお文ですが、なんと逆子であることが判明し予定日を過ぎてしまいます。 喜久壽がふたたび登場して緑川の紹介によって医者に見てもらったのですが、逆子であることをお上の御用で忙しい伊三次には伏せられています。 報酬を得て人を殺していた笑助を嵌める喜久壽と緑川の見事なコンビネーションも見ものですが、なんといっても2人の間に子供が無事に誕生したことは読者も本当に自分の家族がひとり増えたような気分にさせられます。 結構リアルに出産シーンを描写してるのには驚きましたが、不破の伊三次に対して発した言葉がとっても不破らしい(というか宇江佐さんらしい)のでちょっと引用しますね。 「早く帰ってやんな。女房が待ってるぜ。十月十日も腹に抱えて、そいで身体ァ、引き裂かれる思いで餓鬼をひり出すのよ。てェした苦労だ。それに比べ、お前ェの苦労はちょんの間だったろうが」 ちなみに長男伊与太(いよた)の名付け親は不破です。 続く「黒く塗れ」では髪結いの得意である箸屋の翁屋八兵衛の悩み(本妻に関して)をお父さんとなった伊三次が解決します。 一編目の「蓮華往生」とともにミステリー度が高い作品となっているが、以前お文の女中をしていたおこなの元気な姿が見れます。 そして最後の「慈雨」であるが長男出産の「月に霞はどでごんす」に勝るとも劣らずの感動話となっている。 一言で言えば人情話であるが、髪結いシリーズファンにとっては懐かしい直次郎とお佐和が満を持して登場します。 以前の話のいきさつから気に掛かっていた読者も多かったのではないでしょうか。 宇江佐さんからの大きなプレゼントと言えそうです(笑) お互い過去のことを水に流し一緒になる2人に声援を送りつつ、伊三次の心の葛藤とお文のアドバイスを素直に受け入れたことが本作全体を爽やかなものとしている。 紆余曲折があっても一作一作徐々に幸せを体感できることが本シリーズの魅力であることは言うまでもないことであるが、宇江佐さんの短い文章にピッタシ集約されている言葉を発見したのでその言葉を引用して感想を終えたいと思う。 親子が川の字になって眠るのは庶民のささやかな倖せである。 評価9点。オススメ ...
|
|