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皆様〜〜ん 本年もよろしくお願いいたします。
朝 起きたら うすら風邪。 なんとな〜く熱があるらしく、 ぼや〜んと世界がちょっと離れた所にあるみたいで とってもいい感じよ。 あら なんだかただの酔っぱらい? まだビールも飲んでないんだけれども。
うっかり新年の用意を忘れて それらしい御馳走がなにもないじゃないの。 友だちが送ってくれたお餅で お雑煮をつくろうにもトリ肉もないのでは〜。
さて、 こういう日にはやはり今年の豊富とか 語ってみるものかしら。 なんにも考えてないけど。
それにしても、あたくしも2000年ほども生きて来たけど (ご免遊ばせ ちょっとサバ読んでますわ) お誕生日より、やっぱり新年に 「よく生きて来たわ〜」としみじみ感慨にふけるわね。 誕生日は自分だけのお祭りだけど お正月は やっぱり全世界的な節目として ほとんどの人類のお祭りだからかしらね。
そして ヒトはなにか悪い事があったりした時、 どうにかしてリセットして気を取り直す必要があるのね。 そのために 「新年」というのがきっとちょうどいいのね。
あたくしは 1980年ほど前の若かりし頃から どういうわけか 人様に 「自信たっぷりに生きている」と思わるようですのん。
このふてぶてしい面構えと どこまでもでかい態度、 さらにパニックを起こすと顔が笑ってしまうという 生まれながらの性癖がそう思わせているのでしょうけども。
自信たっぷりなんて そんなワケありませんわよねえ。 ナニかをする時、 イノシシのように突っ走るせいもあるんでしょうけど 自信があって走っているわけではなくて 迷いながら よろよろと進んでいるのよ。 よろよろするならスピードを落とせばいいのに 全速力でよろよろ走るから 危ないったらありゃしないわ。
まあ確かにヒトの意見を聞かないとこがございますけど それはナニか起こった時 ヒトのせいにしないで自分で責任をとる必要があるからよ。 だってナニかは起こるに決まってるんですもの。
よく なにか悪い事が身に降り掛かった時、 「どうして私がこんな目に会うの。なんにも悪い事してないのに」 とおっしゃる方がおられます。
そうでしょうとも。
なにか悪い事と言うのは 悪い人に起こるわけではありません。 「なんにも悪い事してないのに」論理を採用すると たとえば今病気で苦しんでいる人とか 大切ななにかをなくして悲しんでいる人とかが 「悪い事をした罰を受けている人」 という結論になってしまうではありませんか。
人に起こる 悪い事、 というのはほんとに悪い事かしら。 たいていの場合、人はそれを 「今の自分にとって都合が悪い事」と 勘違いしてはいないかしら。
「裏切られた」という言葉が 実は 「自分に都合に良いように動いてくれなかった」 と同義語で使われる事がよくあるように。
ナニが言いたいの あたくし。
つまり 今年が良い年であるようにと願うけれど それは「自分に都合が良い年」ではないと。
なにかヤバ気なことが起こっても それを乗り越えるときっと素敵な事が待っていると。 乗り越えられない壁はないと 今 壁にぶつかっているすべてに人に エールを送ってみたりします。
早い話が いまからヤバ気なナニかが起こる 心構えをしているわけですけれども。 今年に限ったわけでなく、いつでもそうですけれども。
今年はぜんぜん自分の未来が見えなくて どうしようとかいう目標も豊富も へちまもカボチャもないのよ。 見えない未来というのは なにかとっても素敵なヤバ気な事が起こりそうで わくわくするわね。
今年もきっと 全速力でよろよろと迷いながら走るのでしょうけれど。
皆様 力ずくで良い年にいたしましょうっ!
とりあえず お店が開く明日にはあたくしはトリ肉を買いに走るわっ。
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