HIS AND HER LOG

2006年02月08日(水) リングはひとさし指に

「おれだけど」

インターホンを鳴らすのはさっきまで一緒にいたひとではなかった。私は彼が早々とうちに来たのかと思ったので少し驚いた。たった数分の間、その隙間になめらかに入りこむのはもはや芸術の域であるとも思った。彼はあと10分もしないうちにここに来るかもしれなかった、今このひとを家に入れるのは私にとてもインターホン越しに声を交わすひとにとってもよいことではないだろう。それでも肯定的な言葉を残したのは、どうしても言わなくてはならないことがあったから、それだけにすぎない。

「・・・どうぞ」

玄関に向かいカギを解除する、その1分足らずにヒバリの来訪とそれによって必然的に起こるトラブルのことを考えることはなかった。むしろ出来なかった、に近い、なぜなら私の頭の中は放課後に応接室で見た銀色のリングで一杯だったからだ。

「ストーカーじゃねえぜ、ただあいつがいると面倒だからな、いないときを狙った」
「必ずしも正解じゃないですけどね、その選択」
「そうか?」
「もうすぐここにヒバリ来ますから、手短に」
「・・・いつも一緒なのな」
「そういう仲なんです」

釘を刺すように言ったつもりだったが、伝わったのだろうか。ディーノさんは、そうか、と言って靴を脱いだ。ドアを閉める間際に隙間から流れ出る夕焼けの紅が、金髪にきらめいてきれいだと思った。場違いなことだった。
居間に通すと彼はまるでごくごく自然なことのようにテレビの前のソファに腰を下ろして、ふう、と息を吐いた。そこはいつもヒバリが身体を預けるところなんだ、と思った瞬間放課後のあのときから今に至るまでに積もったものが喉に達した。

「私にはリングが来ませんでした」
「・・・そうだな」
「何でですか、私は先々代の直系の子孫です」
「だからだよ、お前にリングは必要ない、なくても血の絆で結ばれてる」
「でも・・・」
「マフィアに、なるんだろ」
「・・・なります、沢田くんの下で」
「ならいいだろ、すねるなよ」
「そうじゃありません!だって、ヒバリには来た!」

何となく文法がおかしいな、なんてちょっと思ったけれど実際私はすごく興奮していて涙だって出そうなくらいだったから見逃すことにした。そうだ、これが言いたかったんだと思って、また熱くなる。ディーノさんは目の前で少し驚いた顔をしていた。ヒステリーでばかな子供にでも見えていたのだろうか。

「ヒバリには来て、私にはこなかった、なんでヒバリなんですか!」
「・・・選ばれたんだよ、仕方ねえ」
「ヒバリには将来があります、そりゃ今はケンカもするし、変なこといろいろやってるけど、あれで委員の仕事はまじめにやってるし、成績だって悪くないし、だからこのまま大学に進学したり就職したり、家庭を持ったり、そうゆうの、出来るひとなんです、」
「お前だって、そうだろ?」
「、私は、マフィアの血族ですから、でもヒバリは違います、メンバーから外してください」
「そりゃ出来ねえ相談だ、つぐみ、ファミリーの未来がかかってる、あいつは外せねえ」
「私が、雲のリングを受け取ります」
「!な、」
「実力的にも信頼的にも問題ないと思います、私はボンゴレに命を預ける覚悟だし」
「だめだ、あきらめろ」
「、どうして!」
「それが運命なんだよ」
「ヒバリが人を殺す職業に就くことが、運命だっていうの・・・!」
「そうだ」
「ッ・・・、ひどい・・・!」

涙が頬を伝うのが分かったけれど、もう恥ずかしいとは思わなかった。思えば私は立ったままで、ソファに座って困った顔を見せるディーノさんの顔をひどく見つめていた。殺してしまいそうだった。
そんな緊張を解いたのはやはりディーノさんで、腰をあげてみっともなく泣く私の髪や頬をなでた。

「おれが決めたんじゃねえ、もっと大きな意志が働いてるんだ、・・・つぐみ」
「うッ・・・ッ・・・」
「泣くな」

チュ、と音を立てて右頬の涙を彼はすすった。びっくりして顔をあげると、目の前にはどうしてもきれいなディーノさんの顔があって、目が熱っぽく、艶っぽく潤んでいるのが分かった。

「泣くな」

もう一度同じ言葉を吐くと、吸い込まれるように唇にくちびるが触れた、今度は音を立てなかった、ついばむようないとおしむようなそんなキスだった。やさしいひとだ、と思えるキスだった。しかしそれすら場違いだった。

「何してんの」

ヒバリの声だ、と思った。


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ハチス [MAIL]

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