ゼロの視点
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2004年05月18日(火) だから言ったのに・・・・・

 本日も病院通い。時差ぼけになっている暇がない。

 再び新宿区百人町へ出向き、ちょっと緊張しながら神経内科へ。順番がきて、診察室へ入る。

 昨日も思ったことだが、日本の病院ってのは診察室が狭いなあ(例外もあるのだろうが)・・・、ということ。すっかりフランス式のだだっ広い診察室だとか、まるで応接間のような診察室だとかに慣れてきてしまっていた自分にビックリ。

 医者が母の頭部MRI写真をたくさん診せてながら、説明。母の脳には特に異常もなく、平均的な70歳代のものだという。ひとつだけ脳出血の後はみつかったが、これも古いものであり、またよくあることらしい。そしてこれが最近の危うい母の挙動・言動を引き起こすものとは言えないと断言された。

 脳の中心に空洞が出来ている写真を見せられる心の準備をしてきた私ゆえ、ここでちょっと拍子抜け。

 さて、医師は簡単な知能テストを母にやらせた。本日は何日ですか?、という質問に対し、迷いながらも、母は“5月18日火曜日”ということが出来た。が、何年という質問には、2004年と答えるべきところを、堂々と1993年と言い切った。私も医師もビックリしたものの、そんな驚きは顔にはまったくださず、平然としているが、私は冷や汗たらーーり。

 テストの結果は、激しい記銘力の低下。相変わらず、だ。おまけに、3月にやった同じテストよりも結果が悪い。脳には異常がなくとも、激しい物忘れ。あきらかに日常生活での刺激がない証拠。


 やっぱりだっ!!。


 私はずうっとこれを信じて疑わなかった。だからこそ、10年以上も前(私はまだ日本にいる時)から、私が巣立ち、マルチンがいなくなった後の自分の人生設計を考えておけっ、と口がすっぱくなるほど言っていたし、それなりに色々な提案もしてきたのだっ。

 なのに、“大きなお世話”だの何だのと全く私の提言にも耳を貸さず、私が居なくなった後は、マルチンに病的なまでにのめり込んでいった結果が、これ、だ。

 これを考えると、ハラワタが煮えくり返ってくる。“だから言ったじゃないかーーーっ!!”と、今にでも母に馬乗りに飛び掛って、首を絞めたいほどだ。

 が、想像だけで充分。老いている母にそんなことして、翌日の新聞に、“国際結婚の悲劇”だのの見出しで、面白おかしく語られ、犯人の鬼娘はサイトも持っていたとこのサイトの存在を暴かれ、顔写真まで晒される・・・・、なんて状況になったら、さぞかしゼロの視点の読者には楽しんでいただけるだろうが。


 母と適当に話しながら、内心イライラしながら小田急HALCへ。ここで母より6歳下の妹・F叔母と待ち合わせ&ランチ。

 F叔母には、よく母の家に行ってもらい、彼女の様子をみたり色々と面倒をみてもらっている。母には、ただ時々F叔母が訪れるというだけじゃなくて、自分から病院の帰りにでもF叔母の家にフラッと遊びにいくように、といつも言っているのに、やらない母・・・・・。

 音沙汰がないと、さすがに心配になってF叔母が母のところへ行く。“今から行くわよ”とF叔母が言うと、“今、忙しいから来ないで”等と平気で言う母。そして、挙句の果てに“ひとりで寂しい”とほざく母。

 こんなことは私も百も承知。母を前にして、F叔母と私で、本当に面倒くさい性格だっ!、と言い合う。それを見て、ゲラゲラ笑っている母。わからん。

 食事の後は、喫茶店でまたまた3人でお喋り。とにかくこのF叔母というのが強烈に面白い性格なので、そのコメントに爆笑しまくり。と同時に、さすがにこの人達姉妹だっ!!、と思わせる口癖もあって、時にゾッとする瞬間も多々あり。とにかく、基本的には口が悪い&女の強い家系なんだ・・・、と再認識。

 笑いすぎたのと、やはりどこかで時差ぼけが抜けてないのか、帰りの電車の中では、ヨレヨレだったゼロでした。そんな疲れた身体に、炊き立てのご飯と大トロの刺身、そして出汁のたっぷりきいた味噌汁はうまかった。


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