ゼロの視点
DiaryINDEXpastwill


2004年01月22日(木) 突然蘇った悲しい記憶

 夕方、小雨の降る中歩いていると、散歩中のロットワイラーの姿が目に入ってきた。黒く毛艶のいい身体が、防水機能のように水を弾いている。

 ああ、このワンコ、元気なんだな・・・・・。

 等としばしその姿を見送っていたら、ふと2002年のサン・マロでの悲劇を思い出してしまった。


 それは暑い夏の、とある昼下がりのことだった。城壁への入口に一台のクルマがハザードをつけたまま放置されていた。中を見ると運転手はいない。きっと事件だっ!!、ということで、いつものようにヤジウマのわしらは、人垣を縫うように前へ進む。

 夫は夫がわで、私は私でそれぞれ周りの人にそれとなく何が起こったのか?などと聞いて歩く。どうやら、運転手が警官につかまって連行されたらしいとのこと。またそれが突然の逮捕だったゆえ、クルマがそこに放置されたまま、すでに数時間が経過している、ということまでわかった。

 そして、あらためて放置されたクルマの中を見ると、ロットワイラーが2匹・・・・・・・。完全に締め切られた車内の窓カラスは曇っている。



 それを見た途端、心臓がバクバクしてきた。


 クルマの周りに、なすすべもなくたたずむ警官達。窓ガラスを割るでもなく、ただ苦しむロットワイラーたちを見ている。そして、沿道のわしらのようなヤジウマも、それを見つめる。

 車内のロットワイラーはどんどん弱ってきている。朦朧とする意識の中、視力を尽くして窓ガラスを割ろうと、ロットワイラーたちは全身を叩きつける。しかし、全然割れない。割ろうとする動きの回数もどんどん減ってきている。

 2匹のうちの一匹は、最後に身体を窓に叩きつけてから、そのまま崩れ落ちすっかり姿が見えなくなってしまった・・・・・。

 沿道からは、“窓を割ってやれ”“鍵屋を呼んですぐ彼らを解放してやれ”“かろうじて開いているサンルーフをこじあけてそこから水をいれてやれ”等との叫び声が止まない。

 さすがの非難にいたたまれなくなった警官らが、こじあけたサンルーフから、ペットボトルに入れた水を流し込む。瀕死のロットワイラーは一滴の水さへも逃さないようかのように、滴り落ちる水に口を近づける。

 が・・・・、そんなに簡単に飲めない・・・・・。

 そんな時、事情に詳しい人がわしらの近くにやってきた。そして知った衝撃の事実・・・・・。実はもう一匹、ロットワイラーが車内にいるとのこと・・・・。それも、なんとトランクの中・・・・・。

 あまりの惨劇に眩暈がしてきた・・・・・・。


 警察につかまってもいいから、私が窓を割ろうと思って前へ進むと、数人の警官に取り押さえられる・・・・。無念だ。それと時を同じにするように、最後の最後まで脱出しようと試みていたもう一匹のロットワイラーまで、倒れこんでしまい、私達の視界から完全に消えてしまった・・・・・。

 ガラス窓は曇りに曇って、もうほとんど見えない。そして、さっきまでロットワイラーが脱出しようとして、身体をたたきつけていた音も消えてしまい、ただ、それを見守るだけになってしまった、警官とヤジウマたち・・・・。

 
 何度も、色々な警官に詰問したが、答えは一緒。



(1)連行された犯人がいない現在、そのクルマを触ることは法的にできない。

(2)ましてや、その不在期間に窓を壊すとなると後々ヤバイので、上司の判断を仰がないと駄目。

(3)ロットワイラーは獰猛な犬のカテゴリーにあるので、専門家である獣医師が来ない限り、警官らは触ってはならない、ということになっている。

 彼らの答えがどこまで法的に正しいのかわからないが、とにかくすべての回答がこうだった。“じゃ、いつになったら、その専門家という獣医師が現場に来るんだ?!?!?!”とついつい、激しい怒りに任せて彼らに質問すると、彼らは“今、現場に向かっている最中です”とのこと。

 一体、どこから獣医師を呼んだのだ?。ロットワイラー達は車内に閉じ込められてすでに数時間。未だに到着しない獣医師。愛犬家と思われる野次馬の人たちの目には涙が浮かんでいる。私もしかり・・・・。こんな地獄を、ただ見つめるしかないという無力・・・・・。

 果たして、わしらはどのくらい現場にいたのだろう?!?!?!。足が麻痺してくるまで立ち尽くしていたことだけは覚えている(あまりのショックに動けなかったというほうが正しい)。そして、日が暮れる頃、ようやく獣医師が到着。

 彼は、サンルーフからおもむろに麻酔注射がついた長い棒を差し込み、意識を失ってすでに数時間のロットワイラーたちに、それを打った・・・・。トランクの中の最後の一匹に対しても、獣医師は厳重な注意を払いながら、なんとか麻酔注射を打ち、“死んだように”動かなくなったロットワイラーをワゴン車へ運んでいった・・・・・。

 個人的に警官を責める気はない。彼らも動くに動けず、見守るしかなかったのだろうと考えたい。とはいえ、これが人間の子供だったら、もっと早く吸湿されていたことは確かなのでは?、と思えてならない。

 しかし、ひとつの命にはかわりない。死力を振り絞って、窓ガラスに体当たりしているロットワイラーの姿は、あまりにも悲劇だった。彼らが麻酔銃を撃たれた時、すでに死んでいたのでは?、と思えてならない。

 よく、日本でパチンコの駐車場で、車内で置き去りにされた赤ちゃんが死んでしまった、というニュースがあるが、こんなに簡単に死んでしまうのだから、犬もしかり・・・・。



 翌日の新聞で、このことについての短い記事を発見。連行されたというロットワイラーの飼い主は、前日に親と喧嘩して、その復讐に色々と武器をクルマに積み込んで出かけていったところを、警察に発見されたとのこと。ただ、ロットワイラーの生死については、何も書かれていなかった。

 その日は、満潮と干潮を激しく繰り返す、サン・マロの海を、ただボーっと眺めて過ごした私だった・・・・・。
 


Zero |BBSHomePage

My追加