ゼロの視点
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2003年12月09日(火) 夜間譫妄

 ディナーを終え、3人でソファーに座ってリラックスしはじめた頃から、母がしきりに我が家のキレイになっていない部分を見つけては、そこを掃除しようとし始める。

 確かに、私達にとってはこれでも充分キレイとはいえ、キレイ好きな人にとったら、まだまだ汚いのは百も承知。それにしても、到着した途端に、あそこが汚いだのなんだのが始まり、私は逆ギレ寸前。おまけに、夫は書類だのなんだのをバラバラと置いておくのが好きなのだが、これすらも片付けようとする母。

 私達の「触らないでくれっ!!」という悲鳴に対し、母はもっと意地になって片付けようとしているように見えた。ちょっとでも目を離すと、ソファーなどの下の奥のほうに溜まっていたほこりなどを取ろうとする。なかなか取れない場合は、四つんばいになったりもする母。

 四つんばいになってまで床掃除しようとする習慣があまりない、フランス人の夫にとっては、もうわけがわからない。夫もビックリしているし、私はイライラの頂点。母は母で、こんな汚い家と怒リ狂っている。

 そんなわけで、むやみに掃除しようとする母に対して、それを阻止しようとするわしら夫婦の攻防戦が始まった。「今日はとにかく長旅で疲れているのだから、ぐっすり寝て、疲れがとれたら思う存分自分のしたいように掃除してもいいから・・・」と母を説得するのだが、この時点で、母の“夜間譫妄”のスイッチがオンになっていたということを知るのは、この数時間後のことだった。

 夜間譫妄とは、痴呆のはじまりでなることもあるし、精神的ショックで突然始まることもあるとは知っていたが、まさか・・・・・。

 それでもとりあえず、居間に母用のベッドを設置して、とりあえず彼女にパジャマを着てもらい、寝る準備をしてもらうところまでは、事を進めることができた。この時点で午後11時。母も「わかったわよ、じゃ、寝るわね私」と床につく。

 ほっと一息つくように、世話になった母の妹一家にメールを書こうと思い、書斎に入って、メールソフトを立ち上げて、しばらくボーっとしていると居間のドアが開く音がする。何事?、と思ってそちらを見ると、母がパジャマのまま、床のゴミ(髪の毛一本)を持って、ゴミ箱を探しているではないかっ!!。思わず、「何やってんのよっ!!」と怒って母に言うと、こんな髪の毛の落ちている家には寝られないと、怖い形相で答えてくる。

 そこでとりあえず、争っても無駄なので、ゴミ箱の場所を教えて、それを母に捨ててもらい、また彼女をなだめてとりあえずベットに入ってもらう。そして再び書斎に戻る私・・・・・。が、今度はその30分後、電気も消しておいた居間から再び物音がする。どうも隙間風が気になったらしく、きちんと絞めなくてはと思った母が、極寒の中、窓を全開にして、パジャマ1枚のまま窓の工事をするのだと言い張ってやめないのだ。

 おまけに、彼女は隙間風があっても部屋が寒くならないように、つけておいたヒーターの何もかも電源を切っている。挙句の果てに、雨戸がないと雨戸を探し始める。夜間譫妄に陥っている人に対して、理屈を通そうとするのはかえって症状を悪化させるというのは、この時点でわからなかった私。

 思わず切れてしまった私は、「フランスのアパルトマンに、日本の一軒家のような雨戸なんかあるわけねーだろっ!」と怒鳴ってしまった。そうすると、もっとムキになる母。今度は、ひとつだけ金具の取れているカーテンを直そうとソファーの上り始め、カーテンを修理しようとトライする。金具がなくて、ちょっとだけズレテイルところを直したいらしい。でも、そんなに簡単に金具など夜中にみつかるはずはない。すると母は、我が家の戸棚などを開けはじめて、針金が必要だと言いながら、探し回る。

 寝室で寝ようとしていた夫もそこに飛んできて、つたない日本語で「ボクノモノ、サワラナイデ」と母に説得する。「ゆっくりと寝てください」ときっと夫は母に言いたかったのかもしれないが、夫の口から出てきたのは「ネテ、アリマス」・・・・。

 母は身体の疲れに反比例するように、精神的に異様に興奮している。このまま寝ないでいたら、ヤバイと思い、睡眠薬を水にまぜて飲んでもらう。が、これが大失敗だった。夜間譫妄には、睡眠薬は逆効果なのだということを知ったのは、やはりこの数時間後。なので、これでようやく母にゆっくり休んでもらえると思い、私達もそろそろ寝る準備でもしようか?!?!?!、などといって寝室で二人でボーっとしていると、再び居間から物音がっ!!。

 睡眠薬が全然効かないという驚き。ますますパワーアップしていく母。この時すでに午前2時半。今度は、夫の書類を勝手に片付けはじめる。それを阻止しにきた私に対して、怒りまくる母。とうとう、どうしようもなくなって、母の腕をぎゅっと掴むと、パワーアップしている母は、私を突き飛ばすようにそれを払いのける。

 寝るわよ・・・、と言いつつその20分後に起き上がり何かをし始める母と、それを見張るようにしている私達の夜は、こうして午前5時半まで続いた。午前3時過ぎには、確かにきっとこれは“夜間譫妄”だろうと確信を強めてきた私。それを夫に教え、今度は夫がそれをネットで調べ始め、それと同時に友人精神科医数人に緊急メールを送る。

 私もだんだんと状況が読めてきて、母が何を言おうとそれを否定せず、彼女が彼女なりに落ち着いて寝るまで、話につきあうことにした。この時点で、母にとっては、「なにもしないでリラックスしていて」という言葉が、一番ツライということがわかった。

 私だったら、何もしないでリラックスしていてなんて言う言葉、喜んで飛びついてしまいそうなモノだが、なにせ昭和一桁世代の女性、どこかでじっとしていることに罪悪感を感じやすいうえ、他所の家に泊まり、世話になってばかりでいて申し訳ないという極度の罪悪感、それプラス、“なにもしなくていい”=“用無し”のように母が受け取っていた・・・・、ということをひしひしと感じ取った。

 午前5時半すぎに、ようやく眠ったかのようにみえた母だったが、それでもまた起きだす可能性も捨てきれなかったので、この時点で夫にはとにかく寝てもらい、私は午前8時すぎまで居間の隣の書斎で、調べモノをしながら起きていた。

 母が午前10時半に起きたのにあわせ、私達も起き、何事もなかったように(母にいちいち昨日のことを知らせても、かえって別の罪悪感を持たせるだけなので)3人で朝食をとる。まだ母はボーっとしているようだったが、早朝までの興奮&攻撃性は消えていた。

 夫は、精神科医らとのコンタクトを取りつづけている間、だんだんと落ち着いてきている母と私で色々とお喋り。同時にどういった点(話題)で意識混濁があるかなどを注意して観察もする。

 ようやく、友人の精神科医Gと連絡が取れ、本日の午後5時に診察をしてくれることになったので、午後3時くらいから、近所のレストランで3人で食事を取って、ブラブラとパリを散策しながら、Gのいるバスティーユ界隈まで行く。Gは、救急精神科医としても活躍している。ゆえに、急激なショックを受けた患者を診ることにかけては彼の専門。

 例えば、外国旅行をして、旅先で環境に合わず、突然精神状態が不安定になったフランス人をその国まで迎えに行き、現場でひとまず治療して、母国に戻すというようなことをよくやっている。それ以外にも、Gの携帯電話にはひっきりなしに、SOSの電話がパリのあちこちからかかってきて、落ち着いた声でそれに対応して、現場に助けに行く、というようなことを主にしている。

 母は、早朝までしていたことをハッキリ覚えてないが(これが夜間譫妄の特徴)、とはいえ、どこかでそれを覚えているということと、そのことで精神科医に連れて行くとなれば、逆に彼女の罪悪感と自己嫌悪を刺激してしまう可能性が大きいので、あくまでパリの散歩をしたあと、友人の家に行くのだが、たまたま彼が医者でもあるので、ちょっと身体の疲れを見てもらおうという理由だけ述べておいた。

 母が出発前に得た脳ドッグの診断結果を全部メモしておいたことがよかった。それを全部フランス語に訳し、またここ数年の彼女の生活態度、愛犬の喪失、持病のことなどを、私が説明。説明しながら、もし2年前だったら、ここまで充分にニュアンスを含めて同時通訳できていただろうか?、などと思った。

 私の説明と、母の表情、そして母のGが提示した質問に対する答え、そして今日の早朝までの事情説明などをやりとりとしていて、私はちょっと感動してしまった。というのは、友人としてのGは頼りなくて、いじめたくなるようなタイプなのだが、プロの医者として働くGの姿を見るのは、夫も私もはじめて。それが、本当に今まで、馬鹿にしていて悪かったと思わせるほど、Gは名医だったのだ・・・・・・・・。すまん、Gよ。
 
 一方、母のほうは、私達3人の会話がまったくわからないゆえ、問診中もかなりの不安をかかえていたようだが、それでもGの医者として、それらの不安を取っ払うような眼差しなどで、自分の状況がそれほど悪くないということを実感することができたようだ。

 Gの診断としては、やはりこれは激しいショックであり、症状を引き出した根底には、うつ病的要素も見受けられるが、とにかくゆっくり寝てリラックスしないことには、何事もはじまらないゆえ、軽い精神安定剤を処方してもらう。母は、母で、素人ではない医者に診断してもらったことで、自分でも想像しなかったほどの安心感を得たと嬉しそうに語っていた。

 そして、この夜は、昨晩とはうってかわって、寝る前にクスリを飲んだ母は、翌朝の午前10まで深い眠りについた・・・・。


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