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小松川戦機
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2009年02月03日(火)
第一章 後悔 1

あなたが今日という一日を振り返り、やり直したいことを思いつかなかったのなら。
 あなたが生きてきた時間を振り返り、何一つ失敗という失敗を思いつかなかったのなら。
 あなたにこの話は必要ない。

 これは、後悔する生き物のために遺された、何かなのだろう。


 1997年5月1日 14時

 穂島(ホジマ)と書かれたネームプレートを乱暴に白衣からはずすと、ゴミ箱に叩きつけて男は外へと出て行った。
 例年よりも暑い一日になるだろうと、今朝のニュースで言っていた。確かに建物を出た瞬間に感じた風は、生暖かくて湿気を帯びている。
 穂島は歩きながら白衣を脱ぎ、バイクの座面下へと押し込む。代わりに取り出されたフルフェイスのヘルメットをかぶり、慣れた様子でまたがってエンジンをかける。
「そんな残酷なことを選ばせるのか。それとも、何も知らせずに送り込むのか。どちらにしろ」
 穂島は最後の言葉を飲み込んで、バイクを滑らせた。
 何を言っても変わらない。
 世界を変えられると思っていた小さな子供の頃とは違う。
 ひとつだけ、決定に逆らうことが出来るとすれば、それは最愛の息子を手にかけるくらいだ。
「どんな形にしろ、生きていて欲しいと願うのも」
 エゴだ。と、また、声を飲み込んだ。
 偽善でも良い。口に出したくないほどには、良心が残っていたのだと思いたかった。

1997年5月1日 18時

 クリームイエローの外壁に、埋め込んである小さなライトに明かりが灯った。まだ辺りは夜とはいえないくらいには明るいが、薄暮の中の家明かりというのも良いものだ。特に、自分達のように血のつながりの無い家族ならなおさら。
 ライトは北斗七星を模した配置になっており、道行く人の目を楽しませることもある。
 瞬(シュン)はそんなライトを見て、足を速めた。
「今日は遅くなるって言ってたのに」
 母の再婚相手である父は、亡くなった母も勤務していた保育所に勤めている。母とも自分とも15ずつ年の離れた男が、父になったのは半年前。急な事故で母が亡くなったのはその3ヵ月後だった。
 母の葬儀が終わり、骨になった姿を見たときだけ、二人で泣いた。
 それから、本当の家族になった気がする。
「ただいま、優(スグル)さん」
「ああ、お帰り」
 ひよこ柄のエプロンが似合う30代というのも珍しいが、それは「保育士」のプロ。見事に着こなし、お玉を持ってリビングから顔を出す。
「って……どうしたの?それ?」
 優の額には、大きなガーゼが貼られていた。
「ちょっと帰りにひっくり返っちゃって……近くの診療所に寄ったら、大げさに」
 眉尻を下げて曖昧に笑みを浮かべる父と対照的に、瞬の眉はつりあがった。
「バイクは危ないって……そう言って俺には免許取らせないくせに。なに転んでんだよ」
「ごめんよ。そんなに……本当に反省してる。ごめん」
 優の声が少し低くなったのに気がついた。
 涙が出そうだった。
「着替えてくる」
 乱暴に階段を駆け上がり、部屋のドアを閉めてからベッドに突っ伏した。