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だんなさまとおくさま、そのに。 | 2006年08月09日(水) |
ばん、と大きな音がして観音開きの扉が勢い良く開かれる。 それに驚いた様子もなく、ペンを元の場所に収めた男はそちらの方を振り返った。 冷徹なその視線を受け、麦色の髪をした彼女は不機嫌を隠さない藍色の瞳で微笑んだ。 「きんきらきん、話があるんだけどちょっとイイ?」 「いい加減その珍妙な呼び方をやめて私の名前くらい覚えて頂けませんか」 「フレドリック=イェスタ=ヴェストベリ」 間髪なく返ってくる答えを聞いて、彼は呆れたように溜息をついた。彼女は頭は良いくせに常の行動があまりに馬鹿げている。彼の理解の及ばぬ人間だった。 「……覚えているなら、そちらの名前で呼んで頂けると嬉しいのですが」 「あら、あんた喜ばせるなんて嫌だわ。で、付き合ってくれるのくれないのどっち」 彼は平然とペンを取り直し、鉄壁の無表情で冷たく答える。 「私にあなたのために割く時間などありません。この場で聞きましょう」 「良い知らせと悪い知らせがあるんだけど」 「では悪い知らせから聞きましょう」 「私とあんたの間に一生切れない縁が出来たわ」 僅かに眉を動かした彼は、書類から目を離す。 「……良い知らせは」 「私とあんたの生殖能力が証明されてよ、フレディ」 しん、と沈黙が落ちる。 ひどく真剣な眼差しで見つめてくる妻を遠慮なく紫の瞳で見つめ返し、ようやく彼は頷いた。 「ああ、つまり妊娠したと」 「驚かないのね、つまらない」 「私の子供か、とでも聞いてほしいのですか? 他に心当たりがあるならばさっさと申し出て下さい、処分を考えます」 彼のあっさりした反応に拍子抜けしたような彼女が、険しく眼を細めた。 「相手の男か子供かどっちの処分よそれ。子供だったら殺られる前に殺るから覚悟しときなさい。ていうか第一あんた以外に父親がいるわけないじゃない。男に身体触られるなんて考えただけでも気持ち悪くてたまらないのに」 ぶるり、と両腕を抱いて身体を震わせる彼女の言葉は本気以外の何者でもない。嫌悪感の滲み出るその表情に、彼は思わず嘆息した。容貌が整っているだけに憂鬱そうな表情がひどく様になっている。 「私も男ですが」 「ああ、そういえばそうだったわね。で、とりあえず認知はしてくれるわよね?」 喉の奥で笑いながら、彼は席を立って彼女の元に歩み寄る。 「私が肯定しようがしまいが、私たちは夫婦なのですから我々ふたりの子供ということになるでしょう、嫌でも」 「嫌なの?」 常日頃、ひとのことを散々にけなすくせに、彼女は不安そうに瞳を揺らして彼を見上げた。普段なら嗜虐心を煽るのみであろうその表情は、今日は何故か慈しむべきものに感じ、彼は自分でも驚くくらいに優しい微笑みを浮かべて華奢な肩に触れた。 「いいえ、嫌ではありませんよ、ソフィア。そもそもそういう行為の目的はそこにあるのだから。それでは、あなたはもうあなただけの身体ではないのですから、少なくとも子供が産まれるまでは無茶はしないように」 「前半の身も蓋もない事実の指摘はともかく、月並みな言葉ね」 つまらなさそうに彼女が口を尖らせ、全くだ、と彼は心中で頷いた。己がこんな陳腐な言葉を吐けるとは。 「……まぁ、せっかく出来た跡継ぎをあなたの無理で失うのは勘弁願いたいところですからね」 誤魔化すようにそっと呟いた言葉を漏らさず聞き取り、彼女はふんと鼻を鳴らす。 「失礼ね、私は無茶も無理もしないわよ」 「さあ、それはどうだか。用が済んだのならどうぞ、あいにく書類が溜まっているもので」 「あら、有能な旦那さまが珍しいこと。まぁいいけど。じゃあ、失礼するわ」 ひらひらと手を振って扉の向こうへ消えてゆく妻を、彼は眼を細めて見送った。 ****** いつぞやのだんなさまとおくさま続き。話飛びすぎですね。 ふたりのコンセプトは険悪かつらぶらぶな暴言カップルといったあたりです。ツン×ツン。 相手のことは好きですか?と聞いたら即座に嫌いだと言う答えが返ってくるくせに手をつないでるとかそんなばかっぷる。 |