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No-Mark Stall *




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夫婦喧嘩仲裁中。 | 2005年07月10日(日)
彼の目は綺麗な琥珀色をしている。
透明な湖のようなその色は、奥まで覗けるようで底が知れない。
「しかも怒ると色変わるし」
今日も夫婦喧嘩の挙句に飛び出してきたエメリアを部屋に招き入れた彼女は、愚痴なのか惚気なのか分からない家出妻のお喋りに付き合っていた。
「え、そうなんですか?」
「怒ると、というよりは頭に血が上ると、の方が近いと思うんだけど」
そのときだけ、澄んだ瞳は透明感を失う代わりにとろけるような赤味を帯びた黄昏の黄金色に。
「だからまあ、色が濃くなったら要注意ってことなのよ」
「うちのひともちょっと目の色濃くなりますね。海の綺麗な蒼色がちょっとだけ緑の入った紺色みたいになります」
泣きじゃくり、真っ赤になった目と同じくらい頬を染めながら、エメリアは口元を緩ませる。どうやら機嫌は完全に良くなったらしい。
「……私てっきり殿下がそうなのは色が薄いからだと思ってたんだけど、もともとそういう血筋なのかしら?」
「さあ、そういう話は他のひととは致しませんし……イーハァさんか皇太后さまにでもお尋ねしてみましょうか、今度」
甘くて美味しい、と出された紅茶を褒める義妹の笑顔につられて自分のカップに口をつけ、「蜂蜜入れすぎた」と彼女は気付かれないように眉をひそめた。どうやらエメリアは甘党らしい。
「多分まともな返答は得られないと思うけど、面白そうといえば面白そう」
「イーハァさんは真っ赤になって口ごもりそうですよね」
女性があまり表に出ない国の出身であるもうひとりの義妹を思い浮かべ、確かに、と彼女は頷いた。こういう方面の話題が出ると、大抵彼女は貝のように口を閉ざして固まる。

「――それにしても、遅いと思いません?」
ひゅお、と外の吹雪が室内まで吹き込んだかのような冷気を感じ、彼女は思わず腕をさすった。
「……まあ、雪だし。立ち往生してるだけかもしれないじゃない?」
話に間を作ったのが悪かったのか、エメリアの思考はいつまで経っても迎えに来ない夫への恨みに向かってしまったらしい。
「私だったら馬車を乗り捨てて歩いてでも迎えに行くのに」
ぎゅ、とカップを握りしめる手が白くなっている。
「……あの、ね。うん、分かったから、落ち着いて」
「私、こんなに不安なのに。あのひと全然分かってくれないんです」
「今回の喧嘩の原因も?」
義姉の一言で、先ほどまでふわふわと柔らかい光を放っていた目は、凍えるような冷たさと静けさに支配された。
「……浮気、ですよ。十四回目」
「……」
しまった地雷踏んだ。
頭を抱える彼女の横で、エメリアは指折り女性の名前を挙げていく。
「今回は、最初の相手の従姉の方で、マリーさん」
「……覚えてるの、全員」
「ええ、勿論。忘れるわけがないじゃないですか」
「……」
自分は浮気されたらどうするだろうか、と他愛もないことを考えて、彼女はあっさり思考を放棄した。まず夫の浮気というものの想像がつかない。
「おねえさまが羨ましい」
ふう、とエメリアが寂しげな溜息を付く。
「あー……まあうちは多分浮気はされないだろうけど、でもそれってエメリアが想像してるような理由じゃないと思うのよね……」
正直なところ、自分たちの間に恋はというものがあったかどうか疑わしい。
「でも、おねえさまひとりを見てくれてるってことに変わりはありませんよね?」
多分自分が相手に選ばれた理由は「自分の邪魔をしないから」とか「面倒が少ない」からだと思う、と言おうとして彼女は口を噤んだ。可愛い義妹の夢を壊すこともあるまい。

「……愛されてない、って思ってる?」
「気持ちが全くないとは思っていません。けど、私は私だけを見てほしい」
公然と複数の妻を持てるのは王だけだが、妾を囲っている貴族は少なくない。
その中であって、エメリアの考えはおそらく異端に属するものだろう。
「あのひとは、自分の嫌いなひとは絶対に傍に寄せないから」
ふ、と一瞬だけ浮かんだ微笑に浮かぶのは僅かな優越感と自嘲。
「分かってるんです、あのひとは私に似てるから。浮気相手の共通点、分かります?」
「いやさっぱり」
毎回聞いてはいるのだが、覚えていることはといえば、この可愛らしい顔立ちの義妹がしでかした復讐の凄まじさぐらいのものだ。女は怖い、と自身のことを忘れて彼女は軽く身震いした。
「年上」
「……あー……」
かける言葉が見つからずに彼女は呻いた。エメリアはちょっとだけ首を傾げて自分の膝に視線を落とす。

「多分、あのひとは私のことを信頼してくれてないんです」
ぽたり、と紅茶に滴が落ちて波紋が広がる。
数瞬の沈黙ののち、彼女は義妹の金髪を撫でながら穏やかに微笑った。
「まずあなたが彼のことを信頼したらどう?」
「……」
「不安や不満を溜め込まないで、一度全部ぶつけてご覧なさいな。甘えたがりがそういうところで甘えなくてどうするの」
「だ、って。あのひと甘えられるのは嫌いだって」
しゃくりあげる彼女を緩く抱き締め、宥めるように背を叩く。

「――本当に、あのひとに甘えてみても、大丈夫だと思いますか?」
「ああいう人間は頼られると案外強いわ」
「……でも、嫌われたらどうしよう」
嫌われるのはもう厭なんです、と彼女は肩口に額を押し付けてくる。
「大丈夫よ。迎えに来てくれるんでしょう?」
「……私が正妻だから仕方なくなんです」
小さな女の子のように口を尖らせるエメリアに、母か姉のような笑顔を贈って、彼女はその耳に囁く。
「拗ねないで。嫌いな人間は傍に寄せ付けないひとだって言ったのはあなたでしょう。その彼がわざわざ自分で迎えに来るんだから、少しは自信を持って」
義妹が顔を上げた瞬間、外から来客を告げる声がした。
不安げに瞳が揺れる。
「本当に、本当に大丈夫だと思いますか?」
「それで嫌われても、諦める気はないんでしょう。だったら大丈夫よ。理解のある妻のふりして浮気相手のところに行かせる妻なんて役はあなたには似合わないわ。思い切りだだこねてあげなさい。ついでに甘やかしてあげれば完璧だわ」
「……頑張ります」
甘えて、甘やかす。
物騒な顔つきでふたつの言葉をぶつぶつと呟くエメリアの背を押して、彼女はもう一度微笑んだ。

******

いつの間にか長くなってる……(ばたり)。
書き直しもこのくらいの速度で進めば良いのになあ(虚ろ)(何故かこのふたり凄く書きやすくて筆が進みます)。

やっぱり私はくっつく過程が1番苦手のようです(痛)。
夫婦とか既にくっついちゃってるカップルはさほど悩むこともないのですが。うー。

義妹という単語、旦那の弟のお嫁さんまで指していいのかどうか疑問に思いながら書いてたんですがどこまで入れてもいいんだろうか。
written by MitukiHome
since 2002.03.30