英国留学生活

2003年06月11日(水) The Pianist

廃墟でシュピルマンがピアノを弾いている間中、
だらだら泣いてしまった。
あの、ドイツ人将校の顔。ピアノに置かれた軍帽。
ここからは、ドイツ人将校の顔を見るたびに泣けてしまって。
彼のことを過剰に評価するつもりはない。
ロシアの進軍が迫っていたから、
自分も撤退できるのか不安があったから、
たまたまその時期だったから、シュピルマンを助けたのかもしれないし。
でも、理屈じゃなくて。

前半部分は、他でも見たようなナチの暴虐シーン。
動けない老人を窓から捨て、
反問した女性を間髪入れずに射殺し、
食べ物を求めてゲットーの外に行った少年を殴り殺す。
腐敗していく、打ち捨てられた死骸。
飢えのあまりに、道にぶちまけられたポリッジを
這いつくばって食べる老人。
徹底的に叩き伏せられる、人間性。
正直言って、前半部分は冗漫な気がした。

主人公はその弟と違い、
ナチスに対しての怒りを露わにするわけでもなく、
ユダヤ人を組織して反乱を企むでもなく、
ましてや、内部の裏切り者ユダヤ人警察になるでもない。
その為に主人公の感情は、余り迫ってこない。
彼の綺麗な目は、ただそこにあるがままを映すだけ。
最後の廃墟の場面を除いては、彼が生き延びられるのは、
彼の人徳ゆえでも、努力故でもなくただの偶然の積み重ね。
そんなものなど、何の意味も持たないほどの
圧倒的な何か、に人々は飲み込まれていく。
彼を助けるのは「善良なワルシャワ市民」ばかりでなく、
「ゲットーの寄生虫」ユダヤ人警察や、ナチス将校でもある。
逆にまた、一般市民も憎々しげに彼を追い詰めることも。

後半は、一人隠れ住むシュピルマン。
一層、淡々と流れていく時間。
静かに忍び寄る絶望と孤独。
深く、深く入り込んでいく狂気。
空を掻く指が奏でる架空の音楽だけが、
彼を「人間」として留めている。
ピアノの音が正気へ繋ぎとめている、細い糸。
狂気である事を証明することは容易くとも、
狂気でない事を証明することは難しい。

そして、廃墟でのピアノを弾くシーン。
何者か?と問われて答えるのを躊躇するのは、
今、自分が何者なのかわからなくなってきていたのかも。
何を弾こうか考えている時に、
阿るようにベートーベンを弾くかな?と思ったが、
ショパンのバラードだった。
その前に流れていたのは、ベートーベンの月光。
白々とした廃墟で、蒼冷めた月光の中で、
彫刻のように端然と聞き入るヴィルム大尉。
ただ美しかったからか、ただひたすら泣けた。

「ユーダ?」と話し掛ける将校に答えるシュピルマンが、
痩せていて髭面で、穏やかな目でなんだかイエス顔なのが、
個人的に面白かった。いや、イエスもユダヤ人だけど。

ヒトラーを始めとしてナチスが芸術を愛好していたのは、
有名な話で。彼らの行為とそれは、矛盾していないのだ。
(退廃芸術展とか見ると、「君のは間違った愛し方だ。」
と言いたくなるが。)
そして将校の机上にある、セピア色の家族の写真。
「ヒトラーが真に恐ろしいのは、彼がよき夫であり、
よき父であったことだ。」
と言ったのは誰だったろう?

結局、シュピルマンに名を伝えることが出来なかったドイツ将校は、
助けることができずに、1952年にソヴィエト・キャンプで
亡くなったらしい。
これもまた、ほんの少しの運の結果なのかもしれない。

「貴方には、なんとお礼を言っていいのか、わからない。」
「感謝なら、神に。生きること、それが神の思し召しだと
我々は信じるしかない。」
↑実は嘘かも。ドイツ語聞きながら、英語字幕はちときつい。
誰か、正確なところ教えてください。


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