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2003年07月22日(火) ■ |
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作家リスト終了&『嵐が丘』 |
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とんでもないことを始めてしまったと後悔した「現代アメリカ文学作家リスト」の検索が、やっと終わった。それでも全部完璧に調べられたわけではないし、調べている途中で読みたい!と思った作品が、すでに入手できなかったり、残念な部分もあるのだけれど、とりあえず終了。情報があれば随時更新ということで、ひとまずほっと一息というところ。
ところで、新訳の『嵐が丘』を読了した。有名な作品の新訳というのは、なかなか一筋縄ではいかない、かなり難しいものがあると思うので、つい気の毒というか、ご苦労さまと思ってしまうのだけど、良し悪しということではなく私個人の勉強として、3つの訳の冒頭部分で、文体の違いを比較してみたいと思う。感想は、また別の場で。
●岡田忠軒訳
一八〇一年…… 家主を訪問して、いま帰ったところだ……つきあわなくてはならない隣人は彼だけである。ここはたしかにすばらしい土地だ! イングランドじゅうで、騒がしい世間からこんなに完全に離れた場所に住みつけるなんて、信じられないくらいだ。人間ぎらいのぼくにとってはぴったりの天国といえる。ヒースクリフとぼくとはこの孤独の世界をともにするのにふさわしい組みあわせだ。彼はなんてすばらしいやつだろう! ぼくが馬を乗りつけると、彼の黒い目はひどく疑い深そうに眉の下に引っこみ、名前をつげると、両手の指はあくまで油断しないようすで、いっそう深くチョッキの中へ隠されてしまった。そのときぼくがどんな親しみを感じたか、彼は夢にも思わなかったのだ。 「ヒースクリフさんですね!」とぼくは言った。 答えるかわりにちょっとうなずいただけだった。 「こんどあなたのお家をお借りしたロックウッドです。到着早々ごあいさつにまいりましたのは、スラッシクロス屋敷(グレンジ)をぜひともお借りしたいと、しつこくお願いして、ご迷惑じゃなかったかと思いまして……きのう聞いた話では、何か別のお考えもあったとか……」 「スラッシクロス屋敷はわたしのものですよ」と彼は不意をつかれたようにぼくをさえぎった。「できることなら、だれにも迷惑なんかかけさせやしないんだが……まあ、おはいり!」
●永川怜二訳
一八〇一年──家主をたずねてたったいま帰ってきた。うるさい近所づきあいもここでは一軒だけですむ。いや、はや、すてきな片田舎だ!たとえイギリスじゅうさがしたって、さわがしい俗物どもの世界からこれほど完全に隔離された環境はめったに見つかるものではない。まさに人間ぎらいの天国だ。それにヒースクリフ氏とぼくなら孤独をわかちあう相棒としてぴったり呼吸が合うだろう。すばらしい男!向こうはごぞんじないだろうが、ぼくはつくづく心あたたまる思いだった。ぼくが馬を乗りつけたとき、眉の下で細めたあの疑り深そうな黒い目。こちらが自己紹介をしたら、チョッキの合わせ目に突っ込んでいた指を、ますます奥ふかくしまいこんで、とりつくしまもないあの態度。 「ヒースクリフさんですね?」とぼくは声をかけた。 相手はだまってうなづいただけ。 「ロクウッドと申します──こんどあなたの持家を拝借することになった者です。引っこしてきたばかりですが、さっそくご挨拶にあがりました。スラッシュクロス屋敷をぜひ借りたいとうるさくお願いしたりして、ごめいわくではなかったかと気がかりだったものですから。きのう聞いた話ですが、なにかべつのご予定がおありだったとか──」 「スラッシュクロスはわたしの屋敷ですよ」と彼は不快げにさえぎった。「めいわくしてまでひとに貸しておくつもりはない──はいりたまえ!」
●新訳・鴻巣友季子訳
一八〇一年──いましがた、大家に挨拶をして戻ったところだ。今後めんどうな近所づきあいがあるとすれば、このお方ぐらいだろう。さても、うるわしの郷ではないか!イングランド広しといえど、世の喧騒からこうもみごとに離れた住処を選べようとは思えない。人間嫌いには、まさにうってつけの楽園──しかもヒースクリフ氏とわたしは、この荒涼たる世界を分かち合うにぴったりの組み合わせときている。たいした御仁だよ、あれは!わたしが馬で乗りつけると、あの人の黒い目はうさん臭げに眉の奥へひっこみ、わたしが名乗れば、その指は握手のひとつも惜しむかのように、チョッキのさらに奥深くへきっぱりと隠れてしまった。そんなようすを目にしたわたしが親しみを覚えたとは、あちらは思いもよらなかったろう。 「ヒースクリフさんですね?」わたしは云った。 ひとつうべなったのが、返答がわりだ。 「ロックウッドです、このたびお宅を借りることになりました──着いてなるべく早いうちに参上しましたのも、ご機嫌うかがいかたがたなのです。僕がぜひ鶫の辻のお屋敷をお借りしたいとがんばったものだから、それがご迷惑になったのではないかと。なんでも、きのう耳にしたところによれば、もとよりいろいろとお考えがあったとか・・・」 「鶫の辻はわたしの持ち物だからな」かの人はしかめ面で、こちらの言葉をさえぎった。「わたしが迷惑と思えば、どちら様にもお引取り願っているところだ。まあ、入れ!」
〓〓〓 BOOK
◆読了した本
新訳・『嵐が丘』/エミリー・ブロンテ (著), 鴻巣 友季子 文庫: 707 p ; サイズ(cm): 16 出版社: 新潮社 ; ISBN: 410209704X ; (2003/06)
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