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   Written by なお。
◆日記『心地よい孤独。』◆
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
byバルザック
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2004年12月11日(土)
男でも女でもなく。- Communication necessary to enjoy full of stimulating life -



以下、“女性のコミュニケーションスキル向上が未婚化を防ぐ”【Simple】より、引用。(→“愛ある真実”を含むが故に、人によっては毒にも“見えてしまう”バランスの良い論理を好む私が愛読させて頂いているサイト様の1つであります、はい。)


女性の男性とのコミュニケーションスキルを向上させることが重要である。男性だけの問題ではない。

“女性のコミュニケーションスキル向上が未婚化を防ぐ”【Simple】より。


私もこれ同感です、はい。だって、男性と女性という生物学的差異を根拠とした“二項対立”的な思想で以って“どちらか一方の問題だ”というように結論付ける、のって、すごーーく簡単で単純だけど、十中八九は間違ってますもんなぁ。(→この発想でいったら修論さえも通りませぬ。。)

要するに、“論理”の手前にある“根本思想”(→ここでは二項対立であり二分法であり、“どっちか”思考。)そのものが、もはや現代では効力ないんですよなぁ。こういう論理のベースとなる思想分野に関しては、明らかに修行が足りてないので、年明け前に「思想研究週間」(1週間から10日くらいかなぁ。)を設け基礎力強化しようと思いまする。。

で、上の文章での結論を読ませて頂き、思い出したのが、つい先日再読し、この日記にも引用した書籍『贅沢に、美しく大人の女』(安井かずみ著/1991)の記述でありました。


日本の男の大半は、女の友達を望んでいない。
気があるかないかで女を二分して、ない場合はセ・フィニ・・・・・、といった低級思想の御人が多いからだ。

しかし、大人文化の確立している欧米諸国では、男も女も友人として求め合う、つまり男友達は素敵に成立する。なにゆえ、日本男子が女の友達を要らないというのか? 

それは、女が魅力的ではないからだ。
さらに、話してもつまらないからだ。だから、口説くか、恋するか、所有するかの対象にしか考えないのだ。

これは以っての他、一大社会現象である。大人の女こそ、男と友情できる付加価値をもつべきである。


書籍『贅沢に、美しく大人の女』(安井かずみ著/1991)p32より。


上の書籍の引用部分はSimpleサマの今回の主張の基になっている“結婚”についての“データ”、というのではなく、あくまで“著者の経験”に基づいて“異性と友達として上手く付き合う”ことに焦点を当てて書かれている章ですので、その点だけ注意してくださいな。

「気があるかないかで女を二分する」ような「低級思想」の男性(つまり二項対立的思想を持つ御方。)がまだ存在していることは私も知っていますし、実際にお目にかかったことも多々あります、はい。。

が、この書籍の発売当初1991年と比較しますと、もうすぐ2005年をも迎えようとしております現代日本社会におきましては、少なくとも日々減少している(→1日2人〜5人くらいの割合かなぁ。)と、信じたいものですね、女性のみなさま方。

(→っうか、「口説く”のがマナーだ♪」と勘違いしている男性って、ホント迷惑ですよぁ。。でも、その、とりあえずの“マナー”に過剰反応して、勘違い“自慢”する女性にも問題あるよなぁ、と正直思う。。もっと違う話できないのかね、君たちは。。)

というか、今、上の引用文読んでたら、なんか私、男友達っていうとアジア系の人が多いから(→やはり、ビジネスネタ話すなら中国人が一番ですしなぁ♪)、もっと視野を広げ世界へと足を伸ばし、人材発掘しなくちゃならないような気がしてきた。。(→やはり修行と巡礼が足りてないですよなぁ、私。やはり叶姉妹を見習って頑張ろう、ふむ。)

まぁ、要するに、あれですよ。つまり、男性が悪いと言ってばかりいると、どっちみち道を踏み外しますので、貴重な人生を楽し〜〜〜く過ごしていくためにも、コミュニケーション・スキルを磨き続けたほうがいいらしい、ってコトですなぁ、ふぅ。。

っうか、長々と書いてしまいましたが、結局は、コミュニケーション関連の問題or課題設定って、男でも女でもなく、“人間同士意識”をベースにやるモノ、、詰まるところ、いわゆる「人間力で勝負♪」っていう無難なところに落ち着いてしまいますよなぁ、やはり。。

では、気を取り直して、たるみがちな日常に少々カツを入れるため、最後は、時代を超えて普遍的な“厳しくて泥臭い”大先輩サマの引用で締めたいと思いまする。


(異性との)友達の関係は、目を閉じてキスするわけではないから、会話こそ友人の主たる手段である。
いわゆる女のお喋りレベルでは失格、最も男たちがわずらわしいと思う、嫌がる内容である。時事、スポーツ、旅、アート、比較文化論などが適当であろう。

その場合、女はそれらのテーマを常から勉強していなければならない。そして、会話の際は、それらに対して自分の意見を持っていたい。

つまり、受け売り、読み売り、聞きかじりをオウムのごとく(ならまだよいが)、あたかも自分の意見のごとく話すのは、まったくのところ、嫌われる女となる。

(・・・中略・・・)

そして男友達を得るためには、女の程よい気軽さも条件になる。

重苦しい女はダメ。また、気取っている女、美人を鼻にかけている女、金や育ちの良さを鎧にしている女、自分を用心深く守る女、上品ぶっている女、男を意味もなく警戒する女、もてる意識過剰な女には、よき友情は成立しないだろう。場合によっては、人間同士意識も必要かもしれない。


書籍『贅沢に、美しく大人の女』(安井かずみ著/1991)p33-34より。



あぁ、何だか最近、銀座ホステス養成講座みたいになってきてしまいましたね、。。では、とりあえず、おやすみなさいませ。。

□■□その他のほざき。□■□
・昼間食べたごはん、美味しかったですわ。Yサマ、毎度どうもありがとうございました〜♪

・以下、コミュニケーションとマネーとの関連についてリンク&引用。要するに、ファイナンスとの関連で、コミュニケーションや心理・認知科学系分野に私が拘ってる理由の1つって、まさにコレなんですよなぁ。

財貨とサービスのコミュニケーション【ちはるの多次元尺度構成法(日記)はてな版】

金を払うということも、また、金を払わない(金を払うのをやめる)ということも、コミュニケーションの始点と終点をきっちりと決める目印になっている。金を払うことで、共同作業を始め、金を払うのをやめることで、共同作業を終える。金を払わなければ、いつまでたっても始まらないことになる。

同様に、金を払うのをやめなければ、いつまでたっても終わらないことになる。したがって、お金の動きは、最も明白であり、誰にでも意思表示できるコミュニケーションの目印という意味で重要なのだ。

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