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   Written by なお。
◆日記『心地よい孤独。』◆
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
byバルザック
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2003年11月11日(火)
そういや恋愛について全然考えなくなった。

90576360be.jpgここ何日かの日記が内省的な種のモノだったからか、知人が心配してくれたらしい。あぁ、要らぬ心配させてしまい申し訳ないのぅ。そしてどうもありがとう。

っうワケで、全く脈絡がないのだが気分転換を兼ねて、今日はふと恋愛なるモノについて考えてみたくなりました。何故なら最近余りにも思考の外にある現象になっているので、たまには良いだろうと思って。


あ、でも勘違いしないで下さいよ。別に「彼氏もいないし寂しいわ〜。」とか全然思ってないから。第一、私はやるコト結構あるし、友達もそれなりにいますので、彼氏(そして夫)という存在にあまり必要性を感じないし、いてもいなくてもどっちでも良いのであるよ。それに『彼氏』という名称では呼んではいないけれど、ごはん食べたり遊んだりする相手はたくさんいるので、生活上特に問題はなしでありまする。


でも考えてみる価値はあるかも。「個人的な事は政治的だ」(Personal is Political)という有名な言葉もあるくらいですから。なので、「何故、恋愛について考えなくなったのかしら?」と。「何故、彼氏・夫という存在を必要としないのだろう?」と、考えてみましたよ、ハイ。


綺麗ごとを書くつもりはないので、正直に思うことを書くけど、っうか常にそうしてるけど、そもそも『オス+メス=完全体』という考えが私にはないからだろうと思いまする。っうか、そもそも生物学から発せられる男女差なる概念をあまり信じてはいないらしいぞ。って、今気づいたけど・・・。


かと言って、上に引用した「個人的な事は政治的だ」はフェミニズムの文脈で生まれたものではあるが、私はフェミニストではない。そもそもフェミニストであると言い切れるほどフェミニズムに関する知が足りないと思うし、『オトコ脳・オンナ脳テスト』なるテストでは何度やっても『オトコ脳度80%』になってしまう・・。よって、そう言い切れる資格があるかどうか不安なのであーる・・・。


90574725zp.jpgそれに『恋人』や『夫婦』という他者との関係性を表す記号、そして、この記号が表している関係性の距離と範囲の外にある『その他の人たち』が創造する人間空間は、そんなに変わらないんじゃないかなぁと、特別に見える関係と特別には見えないよう関係。そうした名前があるってだけで、その関係性が内包する“愛情”や“想い”は常に入れ替わる可能性があるよなぁと、思っていたりもする。


“愛情”や“想い”に人は名前を付けたがる。そうしたければそうするのも良し。そうすれば安心かも。けど、その名前に縛られるのもまた事実。
『恋人』『夫婦』。そして『それ以外の人たち』。その違いは、もしかしたら、“愛情”や“想い”の有無やその程度、ではなく、単にそうした“名前があるかどうか”かもしれないよ。


理解し易い“ラベル”が見える位置にあるかどうか。普通の洗剤をファンデーションの『パフの汚れ落とし』というラベルへと付け替えることで儲けた○○化粧品の成功は、要するに「理解し易い名前を付けた」ということに尽きる。あぁ、ネーミングって深い。。。


色々書いてみたけれど、過去も現在も、私は異性愛者としてオトコと恋愛し、ミミッちい恋愛から大恋愛なるものも経験したものの、ここ何年かの間に『恋愛よりももっと楽しいコトはたくさんある』というどうしようもない認識に到ったらしい、っうのが本質的な理由かもしれぬ。たとえどんなに良いオトコが恋人でも、常にその人の存在を超越する対象が私にはあったりする。


っうコトで、当初予想したとおり、意味不明な文になってしまいました候。
要するに、当面は今まで通り、恋愛以外のコトをやってれば宜しい、ってコトなのでありましょう。


自分の領域に献身している間に、いつかどこかで“恋愛”することもあるでしょう。何かに献身している誰か、と。もしくはさらに献身できる新しい対象、と。
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