星降る鍵を探して
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2003年08月25日(月) 星降る鍵を探して4-1-9

 足を踏み出すと、スニーカーの底が甲高い音を立てて滑った。ドアの前がちょうど濡れている。
「水……?」
 かがみ込んで床に触れてみて、出した結論はそれだった。無色無臭の小さな水たまりが、ドアの前に出来ている。この水たまりはいったい何だろう?
 と。
 たたた、と足音が響いて、卓は顔を上げた。左手の方から、誰かが小走りに駆けてくる。薄暗い光に目を凝らすとそれはマイキだった。暗くて視界は良くなかったが、マイキを見間違えるはずはない。マイキがちゃんと無事でいたことにまずホッとして、卓は彼女の方に数歩足を踏み出した。彼女はどうやら両手で何かを持っているようで、それに視線を注ぎながらこちらに向かって走ってきていたが、ふと顔を上げ――
「あ、危ない!」
 と声を上げたときには既に遅く、マイキは卓を見つけていっそう足を早め、早めた足に体がついて行かずつんのめった。マイキの手から飛び散った飛沫が、慌てて駆け寄った卓に降りかかる。
 ――水?
「おっと」
 のばした両腕の中に、マイキの体がちょうど落ちてくる。マイキはまだ両手をお椀型にしたままで、倒れかかる自分の体を支えようともしておらず、卓が間に合わなかったら顔面を強打するところだった。卓はマイキを地面すれすれで受け止めたためにバランスを崩して床に座り込みながら、ほっとため息をついた。全くこの子は本当に危なっかしい。
「大丈夫か?」
 またこの小さな少女を腕の中に感じることが出来たことに安堵しながら卓はそう訊ねた。
 マイキが顔を上げる。こくり、と頷く。そしてまだお椀型にしていた両手を卓の方に差しだし、そして「あれ?」というように手の中を覗き込んだ。マイキの両手は水に濡れていたが、入れていたらしい水は既にこぼれてほとんど残っていない。
「水、汲んできてくれたのか」
 呟くと、まだ手の中を覗き込んだままだったマイキは、顔を上げてこくりと頷いた。ということはだ、と卓は思った。先ほどドアの前が濡れていたのは……一度両手に水を入れて来たはいいものの、ドアノブが開けられなくて全部こぼしてしまって、今また汲みに行っていたということなのだろうか?
 ああああ。もう。
「心配するじゃないか……」
 呟いて、腕の中のマイキの体にそっと力を込めると、マイキが嬉しそうにすり寄ってくる。濡れた両手を卓の頬に当ててしげしげと顔を覗き込まれて、視線と吐息がくすぐったかった。思わず身じろぎをする、と、マイキが嬉しそうににこっと笑ったのが薄闇の中でもよく見える。卓が元気になったのが心底嬉しい、という笑顔に、卓はどんな表情を返していいかわからず、黙ってマイキを抱き寄せた。
 廊下の真ん中で座り込んでいるという今の状況も、マイキの暖かさを感じている内にどうでも良くなってくる。
 とくとくとくとく、とマイキの軽やかな心臓の音が聞こえる。
 卓はマイキを抱く腕に更に力を込めた。マイキが驚いたように顔を上げた。怖いかな、と思いながらも衝動を抑えることが出来ない。マイキの小さな体を抱きつぶしてしまわないようにもう少し力を込めると、卓はマイキの耳元で囁いた。
「――マイキ」
 今までずっと、気になっていたのだ。マイキは卓が抱き寄せると本当に嬉しそうにすり寄ってくる。それは恋人同士の行為と言うよりは、子供が親にすり寄るような――たとえは悪いが、ペットが飼い主に懐くような、そういうたぐいのものなんじゃないだろうかと。だからこんなに安心しきって、嬉しそうにすり寄ってくるのじゃないだろうか。卓がマイキに抱いている感情の正体をもし知ったら、この子は恐がりはしないだろうか?
 マイキはいつにない卓の腕の強さにか、少し戸惑っているようで、卓の肩口に顔を寄せている。
 抱きしめたまま頬を触ると、すべすべした肌が暖かい。
 卓はマイキの、艶やかな髪に触れた。

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な、何をする気……!?

こ、このラブ男!(笑)
日記連載って怖いですね。卓が、卓が勝手にいいいいいいっ。


相沢秋乃 目次前頁次頁【天上捜索】
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