星降る鍵を探して
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2003年07月17日(木) |
星降る鍵を探して3-6-1 |
6節
桜井が何も言わずに出ていくと、部屋に静寂が戻ってきた。 彼女は研究室の中程に佇んで、長津田は簡易キッチンとソファのある小部屋でラーメンを前にして、二人とも無言だった。 長津田の前のテーブルで、菓子パンはまだ山を成していた。少し崩れたいびつな山の前で、長津田は黙ってずるずるとラーメンを啜っている。 もうすっかりのびてしまっているだろうに、特にまずそうでもない。彼は今し方の大騒ぎになど全く気づかなかったとでもいうような顔をして、黙ってラーメンを啜っていた。 と、そこへ、彼女がくたびれきったと言うように戻ってきた。 「ねえ、敏彦」 彼女は、無表情だった。流歌が隠れていたソファにぼすんと身を投げ出して、彼女は長津田を見た。白衣がマントのように翻って、形の良いふくらはぎがむき出しになる。綺麗にマニキュアを塗った爪で思案するように顎を掻いて、彼女は呟いた。 「あたし、いかなきゃ」 「……どこに」 コトリ、と空になったカップと箸を机に置いて、長津田はそう訊ねた。その口調は普段通り、少しだけ間延びして聞こえる。彼女はかすかに息を吐いた。ため息のようにも、ホッとしたと言うようにも聞こえた。顔は壁の方に向けられている。しかし眼鏡の奥で、瞳がちらりと動いて長津田を見た。 「うん……」 少しだけ言いにくそうにしてから、 「……梶ヶ谷先生のところに」 「どうして」 「さっきの話が気になるの、ほら、ここでおかしな研究が行われてるって、言ってたでしょう、だから」 「俺も、行こうか」 言いにくそうな彼女の様子を少し心配してか、彼はそう言った。しかし彼女は首を振った。 「ううん、大丈夫。一人で行くわ。敏彦は、今日は、ここでずっと、研究を続けているのよね……?」 語尾がかすかに探るような色を帯びる。しかし長津田は全く気づいた様子はなく、うん、と素直に頷いた。 「予定より遅れてるからな。部屋を綺麗にしてもらえたし、はかどりそうだ」 そう言って部屋を見回した様子は、純粋に部屋が綺麗になったのを喜んでいるように見える。彼女は今度は顔を向けて彼を見、にっこりと笑った。 「今度は何日持つかしらね」 そして、立ち上がる。「じゃあね」と長津田にひらひらと手を振って、こつこつとヒールの音を響かせて歩き始める。長津田は黙って彼女の後ろ姿を見守ったが、彼に背を向けた彼女の顔が即座に無表情に戻ったことに、彼は全く気づかなかった。
--------------------------- 昨日は無理でした。すみませんでした……! これで3章が終了。で、旅行に行って来ます。連載再開は7/28の予定。……かな?
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