星降る鍵を探して
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2003年07月15日(火) |
星降る鍵を探して3-5-4 |
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梨花が出ていくと、狭い石造りの部屋の中に、空調の立てるごうんごうんという音が充満した。 背中に当たる壁がひんやりと冷たい。普段なら全く気にしないでいられる程度の冷たさなのに、今は何故か、冷たさが体の芯にまでしみこんでくるような気がした。体中が鈍く痛んでいて、少し熱を持っているような気がする。そのせいなのか、それともこの暗闇のせいか、あまり現実感がなかった。真っ暗な空間に漂っているような、寄る辺のない不安定な気分、でもここはちゃんとした地面なのだとわからせてくれるのは、マイキの小さな体の感触だけだった。 マイキの体は小さいくせに、ひどく暖かい。 彼女は卓のすぐ脇に寄り添っている。その暖かさが石の壁や床に吸い取られてしまわないように、卓は体をずらせて、マイキを包み込んだ。体を動かすと空虚な浮遊感が少し薄れ、代わりに胸に鋭い痛みが走る。やはりあの大落下が良くなかったらしい。せっかく治りかけていたのにな、と思いながらマイキを抱き上げると、マイキが卓の身を気遣うように遠慮がちに、でも嬉しそうにすり寄ってきた。 ――生きてて、よかった。 マイキの体を抱えたまま、背中を壁に預ける。 さっき、あのおかしな風体の男の腕にマイキがつり上げられていたことを思い出すと、胸の奥が灼けるような怒りがまだ収まっていないことに気づく。そしてそれ以上に卓の怒りを煽ったのは、マイキが無抵抗だったことだ。ぴくりとも動かなくて、卓のところからはマイキの顔は見えなかったけれど、あの空虚なまでの無表情を浮かべていたのだろうということは容易に想像が出来た。 ――せっかく、笑顔を見せるようになったのに。 またあの、世界中の全てに怯えて縮こまっているような――哀しい状態に戻ってしまったのかと、思った。 「マイキ、大丈夫か……?」 腕の中に包んだ小さな体に囁くと、こくり、とマイキが頷いたのがわかる。 マイキは今どんな顔をしてるんだろう。大丈夫だろうか。またあの、無表情に、戻ってはいないだろうか。 「どこか、痛くないか」 ふるふる、と首を振ったマイキのしぐさは、普段と変わらないような気がするけれど。 卓は先ほど、あの地下室で、我に返ったときのことを思い返した。気がついたら自分があの変なスーツを着た男の胸を盛大に踏みつけていて、その自分の周囲を取り囲んだ男たちがこちらに銃を向けていた。「撃て」と足下で男が言っていた。そう、あそこで暗闇が落ちなかったら、無事では済まなかっただろう。 でも、あの暗闇の中で。 梨花が、悲鳴を上げたのだ。 マイキの声は聞こえなかった。でも梨花の言葉はよく聞こえた。 『マイキちゃん、お願い、落ち着いて――』 梨花には前科がある。前科というか、実績というか。梨花の中にはマイキの感情が音を立てて流れ込むのだと、言っていたのは克兄だっただろうか。 暗闇の中で、マイキは何を「見」たのだろう? 「……」 聞こうかと、よっぽど思った。 でも周囲の暗さと胸の痛みが、卓にそれを許さなかった。先ほどと同じ暗闇の中なのに、今は、マイキは安心しきっているように卓に寄り添っている。マイキに思い出させたくはなかった。マイキが何を「見」たかはわからないが、卓は「そんなこと大したことじゃない」という様子を、少なくともマイキの前だけでは見せなければならない。未来を知ることでどうしても生じてしまう罪悪感を、少しでも減らしてやらなければならない。 でも、今は、ダメだ。マイキの言葉を聞いて、動揺しないでいられる自信がなかった。
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