星降る鍵を探して
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2003年07月14日(月) 星降る鍵を探して3-5-3

 そう思って気が乗らないまでも後を追おうとした。見た目には本気を出しているように見せかけて手加減をすると言うのは結構骨が折れる。
 しかしそれは杞憂だった。全身全霊を込めて追いかけるふりをし始めた克を、梶ヶ谷が呼び止めたのだ。
「君、一人じゃ無理だ。怪盗は他のものに任せて、ちょっと手伝ってもらいたいんだが」
「はい」
 克は簡単にきびすを返した。梶ヶ谷という男はすっかり克を味方だと思い込んでいる上に、白衣を着ている。つまり、この研究所内で「人には言えない」研究をしている男だと言うことである。そんな男が「何か手伝ってくれ」と言い出した。これはチャンスだ。このチャンスに乗らずにいられる探偵がいたらお目にかかってみたいものだ。圭太はあまり気にしていないらしい(?)研究内容だが、克は何とかここで何が行われているのかを探り出したくてたまらなかった。

 *   *   *

 ようやく、階段の一番上までたどり着いた。
 梨花は先ほど高津の後を付けて来たときの記憶を辿りながら足早に歩を進めた。先ほどは高津の背中に全身の神経を使っていたために、あまりよく覚えていないのだが、高津が辿ってきた廊下に交わる一本の暗い廊下があったはずだ。人の気配が全くなくて、おまけに真っ暗だったから、身を隠すとすればあの廊下の方にしかないだろう。
 程なく、その廊下が見つかった。先ほど通り過ぎたときと同じように、暗く闇に沈んでいる。
「卓くん、先に、マイキちゃんと一緒に帰ってた方が……」
 その廊下に足を踏み入れながら、梨花は押し殺した声でそう言った。卓の呼吸音は階段を上がりきったためにか、先ほどよりもだいぶ落ち着いてきていたが、階段を上がるだけで卓が息を乱すと言うこと自体が異様なのだ。
 マイキも高津に痛めつけられたところが痛むのか、動きにいつものようなはつらつさが感じられない。
 しかし卓は首を振った。
「それは出来ません」
「どうして? 大丈夫よ、克さんも須藤さんも清水さんもいるんだし、」
「違うんです」
 卓の口調が苦笑をはらんだ。
「さっき俺がどうして天井から落っこちたかと言うとね、落とし穴に落ちたんですよ」
「……落とし穴?」
「裏口から出るとしたら、どうしてもまたあそこを通らなきゃならない。……今度は、ちょっと。マイキが一緒だし」
「……」
「どこかで隠れてますよ。梨花さん、済みませんけど、脱出するときに迎えに来てくれませんか」
 梨花は暗闇の中、くるりと卓を振り返った。
 卓の巨体も、マイキの体も、闇に紛れてほとんど見えない。様々な感情が梨花の胸の中で渦を巻いた。卓がこんな弱音みたいなことを吐くなんて、という気持ちと、それほどに怪我が痛むのだろうかという気持ち――そして一番強いのは、卓とマイキに頼りにされて、すごく嬉しい、という気持ちだった。
 梨花は、頷いた。
「わかった。任せて」
 程なく暗い廊下の途中に、ごうんごうんとくぐもった音を立てる小さな扉が見つかった。どうやらボイラー室のようで、鍵を開けてみると中は程良く暖かくて、騒音さえ気にしなければ結構居心地良く過ごせそうだ。卓が中に座り込むと、マイキも嬉しそうにその隣に寄り添った。壁に背中を預けて卓が大きく息をつく。そんなに痛かったのか、と思ってちょっと怖くなる。もしこの二人をここに置いていって、誰かに見つかったりしたら……?
「大丈夫ですよ」
 きっぱりと、卓が言った。
「携帯も持ってるし。しばらく寝てたら良くなりますから。それより梨花さんの方こそ、気を付けてくださいね」
「……うん」
 梨花は頷いて、マイキの方に視線を移した。ここは本当の暗闇だから、床に座り込んだ二人の姿はひとつになった黒い影の固まりでしかない。ここに二人を置いていくことにえもいわれぬ不安を感じながら、梨花はきびすを返し――そして、あることに気づいて、ポケットに手を入れた。がさり、とビニール袋の硬い感触が手に触れる。
「マイキちゃん」
 ポケットからビニール袋を引っぱり出して、梨花はそれをマイキのいるとおぼしき場所に差し出した。
「これあげる。美味しいわよ」
 闇の中でどこにいるのかはっきりわからなかったマイキの小さな手が、梨花の差し出したビニール袋を確かに掴んで、梨花はすこし安心した。いつも食べきれずに捨ててしまうマシュマロだが、今日は食べきれなくて良かったと思えた。マイキちゃんはマシュマロを食べたことがあるだろうか。あの不思議な触感の菓子を口に含んだとき、この子がどんな顔をするのか、見られなくて残念だ。梨花は萎えそうになる心を叱咤するために、わざとそんなことを考えた。


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