星降る鍵を探して
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2003年07月12日(土) 星降る鍵を探して3-5-1

5節

 その頃の新名克。
 克と怪盗は、ようやく赤外線の罠の仕掛けられた暗闇を抜けて白々と照らし出された階段を上っていた。圭太曰く「ここも一般には使われていない区画」だそうで、なるほど人の気配が全くしない。もう十数階分は上がったはずだが、何度踊り場を経由しても一向に進展がない。景色もそっくり同じものだから、何だか同じところをぐるぐる回っているような気になってくる。
 克は前をいく怪盗の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、こいつと桜井は一体どういう関係なのだろう、と考えていた。そう言えば克は桜井のことはもちろん、この怪盗のこともほとんど良く知らないのだ。I大学の学生で怪盗研究会の会長であるということ以外には。何しろ妹がいるということも、今日初めて知ったのである。
 桜井はこいつのことを『圭太』と呼んでいた。『怪盗』でも『須藤』でもなく名前で呼ぶというのは、何か親しさを感じさせる。なのに、
『見つけたら、もう殺していい』
 楽しそうにこちらを見ながら、電話にそう言っていた。
 そのことはもちろん、ここへ来るまでの車の中で既に圭太に伝えてあった。助手席に座っていた圭太は別段取り乱さなかった。「そうですか」と言っただけだった。あとはとにかく黙り込んで、自分の中だけで何か考えていたようである。そのあまりにあっさりした様子に後部座席の卓が驚いて、身を乗り出して「心配じゃないんですか」と訊ねた。すると圭太は事も無げに言ったものだ。
「あいつは流歌を殺したりしないから」
 それは推測を話しているという様子ではなかった。厳然たる事実を話しているという口調に、卓が更に身を乗り出した。
「なんで、わかるんです?」
「なんで……?」
 圭太は一瞬言いよどんだ。こいつにしては珍しいこともあるものだ。克はずっと黙って前を向いて、二人のやりとりを聞いていたが、圭太はちらりとこちらを見て、口ごもったことを悟られたかと探ったようだった。その視線には気づかない振りをしたので、少し安心したように、呟く。
「桜井さんはそれほどバカじゃないからね。金時計はまだ俺が持ってる。流歌を殺したら手に入らなくなるだろ」
 なるほど、筋は通っている。卓はそれで納得したようだったが、克はごまかされなかった。

「桜井とは」
 呟くと、圭太の背中がぴくりと反応した。一拍置いて振り返った圭太の顔は、マスクに隠されてほとんど見えないが、いつも通り平静な顔をしているようだ。
「何ですか?」
「どういう関係なんだ」
「……」
 圭太は答えず再び前を向いて昇り始めた。その後ろを追いかけながら、独り言のようにして呟く。
「金時計を盗んだ怪盗と、金時計を盗まれた男というだけの関係にしては、ちょっと変だよな」
「……何でそう思うんです?」
 訊ねた声は笑みを含んでいる。『面白いことを言いますね』と言わんばかりの声音は、あくまで会話を楽しむという風情を装っている。
「『圭太』って呼んでたからな」
「うげ」
 うげ?
 うめき声を上げたあと、圭太は冗談っぽくわざと憤ってみせた。
「うっわあ冗談じゃねえぞあのくそオヤジ」
「……オヤジ」
「うわーやだやだ。呼び捨てにしないで欲しいなあ。そりゃ昔は呼び捨てにされてましたけどね、……と」
 今気づいたように振り返る。怪盗マスクの向こうで、目が笑っていた。
「傷つきましたか」
「……同い年だからね」
「お兄さんはあんまりオヤジって感じしませんね。桜井さんはなんていうか……こう……老成してるって感じでね」
「フォローしてくれなくてもいいけどね。で、昔ってのはいつ頃だ」
「七年前」
 即座に答えが返ってくる。七年前というと、克も桜井もまだ大学生だった頃だ。
「妹の家庭教師だったんですよ」
 簡単にそう言って、圭太は階段を上がりきった。振り返って踊り場の壁に掲げられた階数表示を見ると、「25/24」と書かれている。圭太の後からその階に上がると、階段はそこで尽きていた。なんとこの建物の最上階まで上がってきてしまったようだ。25階の廊下に足を踏み入れながら、圭太が振り返った。そして、
「息も切れてない。やっぱり若いですね、まだ」
 ニヤリと笑った。何か悔しい。


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