星降る鍵を探して
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2003年07月07日(月) 星降る鍵を探して3-4-2

   *

 ゆっくりと食べ物を消化しながら、流歌はどのように説明しようかと思案を巡らせていた。事情は果てしなく込み入っている。それに、兄が”怪盗”で自分が”助手”であるということまで話していいものか、判断が付きかねていた。
 兄は「悪い奴がしこたま貯め込んでいるお宝をいただいて何が悪いのだ」と事も無げに言ってくれるけれども、それにしても怪盗という者はそれほど高らかに自分の仕事を叫べるものではないと思う。
 剛は気持ちいいまでの食べっぷりでメロンパン、ジャムパン、チョココロネなどを消化している。
 宮前さんはゆっくりと、いなり寿司を食べている。
 四つ並んだカップラーメンを前に、長津田さんは真剣な顔をして腕時計を睨んでいる。
 と、
「流歌ちゃん」
 いなり寿司を飲み込んだ宮前さんが、口を開いた。
「あなたをさらった人というのは、この研究所内の人なの?」
 いや、いきなりそう言われてもですね。
 反射的にそう答えそうになって、流歌はカレーパンと一緒にその言葉を飲み込んだ。宮前さんの表情が、何か気遣わしげなものに見えたからだった。宮前さんは流歌を見ていない。いなり寿司に注がれた視線は物思わし気で、何か心当たりがあるのだろうか、ともう一度思う。
「えーと、桜井さんという人です。この研究所の人じゃないと思います。この研究所で何らかの研究が行われていて、それを外部に漏らさないために護衛するのが仕事みたい。どこかから派遣されてきたのかな、そこまではわからないけど」
「何らかの研究……ねえ。人をさらってまで守らなければならない研究……」
 宮前さんはお箸を置いて、机にひじを突いた。いなり寿司がまだ三つ残っているトレイを、長津田さんの方に押しやっている。長津田さんは腕時計を睨んだまま微動だにしない。いなり寿司を差し出されたことにも気づいていないようだ。どうやらカップラーメンができあがるのを、固唾を飲んで見守っているようなのである。
「……もう一つ、聞きたいな」
 物思わし気な目のままで、宮前さんはそう言った。
「ど、どうぞ」
「梶ヶ谷先生に、見覚えは?」
「へ?」
 梶ヶ谷先生? って、誰だっけ。何だか今日はいろんな人に次々に巡り会うものだから、頭が上手くついていかない。すると宮前さんは机の上に身を乗り出してきた。
「さっきさ、階段で会ったでしょ。ほら、あなたの携帯電話を奪って「うるさい」って怒鳴りつけた人よ」
「あー」
 思い出した。あのヒステリックなおじさんだ。声を上げると、宮前さんは更に身を乗り出してきた。
「見覚えは? あるの?」
「い、いいえ」
 この熱意は何だ。ちょっとたじたじとなりながら、流歌は首を振った。
「さっき初めて会いました。見覚えはないと思います」
「そう……それじゃ、あなたをさらった人たちとは関係ないのかしら」
 宮前さんは乗り出していた体を元に戻した。心なしか残念そうに見える。梶ヶ谷先生かあ、と先ほどの階段での一幕を思い出して、流歌は声を上げた。
「……あ、でも、あの人と「先生」って知り合い……みたいだった」
 そうだ。あの人は「先生」を知っていたんだ。
 電話越しに聞こえた「先生」の声。「先生」は『その声は、もしかして、梶ヶ谷先生ですか?』って……訊ねてた。知り合いだった。間違いない。
 宮前さんが再び身を乗り出してくる。
「どういうこと?」
「電話越しに向こうの声が聞こえたの。梶ヶ谷先生と、せんせ……あたしをさらった人とがね、知り合いみたいな会話をしてた。間違いないと思います」
「それじゃ……やっぱり」
 宮前さんは、そう言うなり、乗り出していた体を戻してソファの背に預けた。眼鏡の奥でややつり上がったその綺麗な目が虚空を見つめている。何か目まぐるしい勢いで考えているみたいだ、と思ったとき、ずっと時計を見ていた長津田さんが顔を上げた。
「時間だ」
 やけにきっぱりした口調。
「できたぞ」
 言って、ラーメンをひとつずつこちらに押しやってくれる。今まで一言も話さず、ずっと時計を睨んでいたのだろうか。
 礼を言って受け取って、ふたを開く。ほわ、と湯気が顔に押し寄せてくる。ラーメンは少し延び気味だったが、熱めのスープが美味しかった。
「ねえ、敏彦」
 ソファに身を預けたままだった宮前さんが、顔を上げて長津田さんを見た。
「最近、梶ヶ谷先生に会った?」
 問いに、長津田さんはラーメンから顔を上げた。
「……いいや?」
「そう。最近おかしかったの……怒りっぽくなった。怒鳴るのは相変わらずだけど、何だかずいぶん、ヒステリックになったなって思ってたの。何か、関係が」
 言いながら、宮前さんはひどく重苦しい顔をしていた。流歌には想像するしかないが、先ほどの様子を見ていると、梶ヶ谷先生というのはどうやら宮前さんの上司であったらしい。上司を疑うのにはやはり少し抵抗があるようで、とても歯切れが悪かった。
「珠」
 長津田さんが、重々しい声を出した。
 宮前さんがぎくりとしたように口を閉じる。
「……何?」
「延びるから」
「へ?」
「話は、食べてから」
「……」
「……」
「……」
 ずずずずず、と、長津田さんがラーメンを啜る。
 宮前さんは、ため息をついた。


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情報の出し方って難しいですね……!
というか帰ってきたら午後11時40分。もー!(泣)


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