星降る鍵を探して
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2003年07月05日(土) 星降る鍵を探して3-3-7

   *

 四つあったスイッチを一斉に切ると、地下室は一瞬で闇に落ちた。
「!」
「……なんだ!?」
「停電か!?」
 あちらでうろたえた声がする。発砲音もして、暗闇の中に火花が散った。卓くん、大丈夫かな。反射的に身をすくめたが、別にうめき声もしなかったので大丈夫だと思うことにする。梨花は背負っていたマイキの体を背負い直した。卓を呼ぶために、息を吸って――
 その時だ。
 今まで人形のように動かなかったマイキが、唐突に悲鳴を上げたのだ。
「――!」
 いや、それは恐らく声にはなっていなかっただろう。悲鳴は梨花の頭の中で鳴り響いた。脳を直接揺さぶるような衝撃に梨花は思わず悲鳴を上げた。
 あの時と、同じだ。
 マイキの体と一緒に倒れ込みながら、梨花は思った。
 この感覚は、以前にも感じたことがある。
 倒れ込んだ拍子にドアノブに体をぶつけたが、痛みを感じる余裕もない。前はあまりの衝撃にあっけなくも意識を手放してしまったのだけれど、今度はそんなわけには行かなかった。こんなところで呑気に気絶している場合じゃない。
 前はマイキの中に引きずり込まれてどこまでも落ちていきそうな気がしたけれど。
 梨花はぎゅっと目をつぶって、崩れてしまいそうな自我を立て直そうとした。頭がくらくらする。息が上手くできない。マイキの悲鳴はまだ続いていて、脳の細胞のひとつひとつをばらばらにされて虚空に融け出されているような気がする。
 ――星が……
 マイキの声が、響いた。
 ――星が、落ちて……
 星が?
「マイキちゃん」
 梨花は必死で声を出した。
「マイキちゃん、お願い。落ち着いて」
 声を出すと、少し感覚が戻ってきた。自分の体が自分のものじゃなくなってしまいそうな喪失感が少し薄れた。梨花は再び息を吸った。肺が膨らむ感触と、喉を滑っていく冷たい空気の感触が、喪失感を更に押しのける。底の知れない深い空虚な穴の中に落ちかけていたのが、かろうじてどこかに引っかかった。引っかかったところを手がかりに、少しずつ、少しずつ、その圧倒的な穴の底から体を引き上げようと、する。
 暗闇だからか、周りには何も見えない。
 でも、マイキの細い手が梨花の体に必死でしがみついている感覚が甦ってきた。その手は震えていた。怖がっている、と梨花は思った。でも何を? さっきまで死んでるみたいにじっとしていたのに。辺りが真っ暗になったのをきっかけに、何かを思い出したのだろうか? 何を? 何を恐れている? 一体、何を見たんだろう――?
 その時、梨花は、すぐそばに誰かが走ってきたのに気づいた。
 逃げようと思った。でも、体が動かなかった。その人はまるで目が見えているかのように、この暗闇の中を一直線にこちらに走ってきて、そして、過たず梨花とマイキの体をすくい上げた。
「――!」
「梨花さん、ちょっと我慢してください」
 耳元で卓の声がした。梨花は目を見開いた。卓は梨花とマイキ、二人の体を軽々と抱え上げ、すぐそばにあった扉に手をかけた。すごいじゃないの、と梨花は思った。先ほどの身のこなしと言い、卓は普段はあの兄に翻弄されっぱなしのように思えていても、いざとなったらずいぶんと頼りになる存在であるらしい。
 気がついてみると向こうの方の混乱はまだ続いていて、暗闇の中右往左往している音が向こうで聞こえる。マイキの感情の流れに引きずられていたのはほんのわずかな間のことだったんだろうか、と思ったとき、卓が地下室の扉を探り当てた。開くと廊下の淡い光が射し込んでくる。向こうで騒いでいる男たちが「待て!」とか叫ぶ声を尻目に三人は地下室から滑り出た。
 バタン、と扉が閉まる。
 はああああ。
 と、大きく息をついたのは、卓と同時だった。
 ああ、こわかった。
 よく無事に出てこられたものだ。
 先ほどのマイキの感情の爆発がまだ尾を引いていて、頭がくらくらしていた。でも、やはり二度目だからなのか、以前ほどひどくはなかった。明るい光が目に突き刺さってくるような不快な刺激もすぐに薄れてくる。まだ卓に抱えられていることに気づいて、梨花は身をよじって卓を見上げた。
 卓はこめかみの辺りを切ったらしく、血が一筋頬を流れていた。先ほど暗闇の中で誰かが発砲したのがかすめたのだろうか。しかし卓は別段痛そうでもなく、梨花の視線に気づくとにこっと笑った。
「無事でしたか。怪我は?」
「あ……うん。大丈夫」
「さっき悲鳴が聞こえたから、驚きましたよ」
 卓の言葉に梨花は曖昧に頷いて、そして卓の腕を外して地面に降りた。一瞬よろけたが、大丈夫、すぐにちゃんと立つことが出来た。卓の腕の中にマイキが残る。マイキはまだ震えていた。でも、卓を見上げて顔をくしゃくしゃにした。髪の毛がほつれ、唇の端が切れて、血が流れている。
「マイキ、大丈夫か」
 うん――というようにマイキは頷き、手を伸ばして、卓に抱きついた。
 さら、と黒髪が流れてマイキの顔を隠すと、卓は複雑な顔をした。マイキをひどい目に遭わせた奴への怒りと、マイキが死んでいなくて良かったという安堵とがごっちゃに入り乱れている。そういう顔をすると、数段大人びて見える、と梨花は思った。数段男前にも見える。
 さっきのキレ具合と言い、よっぽど大切なんだなあ。考えて、梨花はにっこりした。こっちが照れちゃうじゃないの。
「とにかく、逃げよう」
「そ――そうですね」
 卓は頷いて、マイキを抱え上げた。マイキはしっかり卓の首にしがみついている。

 あの地下室の天井はずいぶん高かったから、階段を上るのも大変だった。かくかく曲がった作りになっているから、追っ手に背後から狙撃されると言う心配が少ないのはありがたい。下は大騒ぎになっていた。慌てて追いかけてくる音が遙か下から聞こえてくる。応援が上から来たら挟み撃ちにされちゃうな――と思いながら、梨花は振り返った。マイキを背負った卓が少し遅れている。
 見ると驚いたことに、額に脂汗が浮いていた。マイキも卓の異常に気づいたのか、身を乗り出すようにして心配そうに卓を覗き込んでいる。梨花は慌てた。
「だ、大丈夫?」
「はい」
 返事はきっぱりしていたが、息が乱れている。梨花は駆け戻った。卓が脂汗を流すなんて異常事態だ。マイキもそう思ったのだろう、卓の背中からすべり降りた。小さな手で卓の巨大な手をぎゅっと握る、と、卓は息を乱しながらも少し笑った。
「大丈夫ですよ。最近怠けすぎてたから」
「……痛いの?」
 そうだ。卓の肋骨はまだ治ってなかったんだ。治ってないのにあんなところから落っこちて、あんな大立ち回りをやっては、脂汗くらい浮かんで当然だ。しかし卓は首を振った。
「大丈夫。行きましょう、下から足音が」
「……うん」
 梨花は頷いて、階段を見上げた。さっき高津の後を付けながら降りてきた時にも思ったのだが、あまりにも長い階段である。とにかく一階までたどり着かないとどうしようもない。
 走りだすと卓とマイキもついてきた。一階にたどり着いたら、この二人には先に帰ってもらうか、それが無理ならどこかに隠れていてもらった方がいいのかも。梨花は走りながらも不吉な予感に身をすくませた。卓がこんな痛そうな様子を見せるなんて、不吉以外の何ものでもない。
 ――星が。
 マイキの悲鳴が脳をかすめる。
 ――星が、落ちて。
 何を見たって言うんだろう。何だか、すごく……厭な、予感がした。


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あー。
よーやく3節が終わりました。もー進まないったら。
しかし恥ずかしいなあ、こーのバカップルめえー(棒読み)。


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