星降る鍵を探して
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2003年07月04日(金) 星降る鍵を探して3-3-7

 しかし発砲したとき、卓はそこにはいなかった。

   *

「な……」
 上げかけた声を、高津は最後まで言うことが出来なかった。目の前にいたはずの、若者の姿が消えていた。第一撃は銃を持った腕に来た。衝撃。あまりの速さに感覚がついていかない。はじかれた腕が消失したような錯覚。
 ――なんだ、こいつは……!
 目を剥いた。いつの間にか、若者の顔が目の前にあった。
 若者は、助走する素振りも見せず、発砲する一瞬前に、高津の懐に飛び込んだのだ。懐に入り込まれたら銃はもう何の役にも立たない、と思ってから、既に自分が銃を持っていないことを思い出した。
 銃はがんごん音を立てながらはじき飛んでいく。
 高津の脳に様々な情報が明滅する内にも若者の動きは止まらない。第二撃は腹に来た。若者は左腕で高津の銃を払い、右腕の拳をためらいもなく突き出してきたのだった。
 重い衝撃が襲いかかってくる。
 衝撃が高津に届く寸前に、彼は後ろに飛んでいた。意図した動きではなかった。本能的なものだ。踏み込みが充分でなかったため動けたのはわずかな距離で、拳を完全によけることはできなかったが、その威力のほとんどはやり過ごすことが出来た。危なかった、と後ろに移動しながら高津は思った。あんなものがまともに当たったら戦闘不能どころの騒ぎじゃない。
 それでも衝撃はかなりのものだったようだ。
 後ろに下がりながらも、高津の体は意志に反してよろめいた。圧倒的な脅威を前に、痛みは感じなかった。体勢を立て直さなければまずい、と思っただけだ。
 しかし若者の動きは洗練されていた。一連の動作に全く無駄がなかった。うしろに流れた高津の体を追いかけるようにもう一歩踏み込んできて、その足が高津のかろうじて立て直しかけた軸足を払った。すげえなあ、と倒れながら高津は思った。高津も腕っ節の強さには自信がある方だったが、これは桁違いだ。
 どだん!
 重い音が響くと同時に胸の辺りに容赦のない一撃が来た。仰向けに倒れた自分の胸を若者が踏みつけたのだ、と判断している余裕はない。心臓に直接響くようなショックに息が詰まる。高津の目は見開いていた。覗き込んでくる若者の目がつり上がっていた。その顔にはただひとつだけ、ひどくわかりやすい表情が浮かんでいた。冷徹な、一片の甘さもない、ひどく純粋で冷え切った――怒り、だ。
 純粋に過ぎて、理性など立ち入る隙間がないほどの。
 殺される。
 やけに冷静にそう思った。そしてその予想を肯定するように、若者がこちらに腕を伸ばしかけた、その時。
 四方から伸びた手が、若者に突きつけられた。じゃきっという金属音が響きわたる。高津の仲間たちが、ようやく我に返ったのか、手にした銃を若者に突きつけたのだった。
「う、動くなあ!」
 やけにうわずった声。若者はその音に反応したように顔を上げる。高津は胸に載っていた若者の体重が少しずれて息を吸い込むことが出来るようになり、即座に叫んだ。
「撃て! 警告を聞く相手じゃない!」
 叫んだ――つもりだったが、肺が痛んで声が上手く出ない。全くこいつらはなんという間抜けなのだ、と高津は舌打ちしたい気分だった。のんきに警告している暇があったら撃てばいい。それは先ほどの自分にも言えた。どうしてこいつが檻の中に入っていたときに撃ち殺しておかなかったんだろう。桜井ならきっとそうしていた。床の上に叩きつけられるなんて無様な真似はしなかったに違いない。
 しかし若者は動きを止めた。先ほどまでの冷徹な表情に、わずかに、理性の色がひらめいた。彼は瞬きをして、高津を見て、そして、自分に突きつけられている四つの銃口を見回した。少しずつ、その表情が変わる。信じられない、と言った表情。
「あ……れ?」
 我に返った――
 高津は跳ね起きようとした。動きが止まった今こそ排除しておかなければならない、と思った。こんな化け物じみた人間、しかもあの女の仲間であるような人間を、捕らえるだけで済ませるなんてそんなことができるわけがなかった。周囲の仲間は全く役に立たない。動かなければと思うのに、先ほど食らった衝撃がまだ尾を引いていて、もがくことが出来ただけだった。若者が自分が高津の胸を踏みつけていることに驚いたと言うように、わずかに足を上げる。
 と。
 唐突に、暗闇が降ってきた。


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